暫くして、「コンコン」とノックの音
入って来たのは、やはり眼鏡の男、野口だった。
さっきは、ヨレヨレのうだつが上がらない男に見えたが、今は、幾重にも、飾り折り目がついたドレスシャツに、光沢のある上等なジャケットを羽織っている。
まるで別人だ。
男「いやあ、来てくれると信じてました。」
「しかし、こんなに早く来て貰えるとは、うれしいですね。」
しかも、言葉使いまで違う。
俺も聞くことは色々あるが、まずはこの野口の話を聞くことにした。
男「これが、ここでの仕事着でしてね、さまざまな要職、要人の方ともお会いする事もある、仕事なのでね」
「しかし本当によく来てくださいました。」
「長く生きてくるとね、割とこの人とは、趣味があうとか、気が許せるとか、何となく感じで伝わるのですよ。」
「若いのに謙虚な方ですね。私は、そういう人が好きでしてね。」
「あと、女の子の趣味が、僕と一緒の人だなと、思いましたね。」
男「踊っていた3人は、かわいかったでしょう。皆うちの秘蔵っ子です。」
「僕がとても大切に育ててきた子ども達です、美人で、素直で、健気で、何でも一生懸命で、かわいいですよ。」
「そんなうちの子をあなたは、僕と同じように、とても愛おしそうに見つめられていました。」
「でも、三好さんを選んだのは、僕じゃありません。」
「あの子達です。」
「あの子達には、僕の後釜、後継者を探すように前から話をしています。」
「だから、最初に貴方に気づいて貰うように手を振って、貴方に気を持たせたのですよ。」
「駐車場の隅に行ったのも、あの衣装で踊ったのも、三好さんを候補として選んだサインでした。」
男は、話しながら水屋からロックグラスを二つ取り、プロメテ28というウイスキーと共にテーブルの上に置いた。
男「ここは会員制です。お客様には、厳正な審査の上、保証金として入会金を頂いています。」
俺「ダンスクラブのことですか?」
男は、笑みを浮かべ首をゆっくり横に振る。
俺「あの、入会金って、おいくらなのでしょうか?」
男「100万からとお客様には、説明をしています」
「勿論、それ以上お支払い頂ければ、より上のステータスの会員になることも出来ます」
俺「え、それは、100万って、あの、それは・・・」
ストレートに質問する事を躊躇う。
男「いや、三好さんは、後継者候補、いわば幹部候補ですから、いただく事は、ございません。」
「ご安心ください。」
俺「あ、あのっ、蠍と蜥蜴の家は、今も続いていたのです、か?」
男はソファに戻り、テーブルのウイスキーの封印をナイフで切る。
蝋印の打たれたシュリンクを丁寧に取り、栓をキュキュッと捻るとキュポンと、かわいい音が響く。
片手で瓶を持ち、グラスに注ぎ始める。子気味よいトクトクと注がれる音。
五分の一くらい注ぐと、僕の方に一つ置き、手前の自分のグラスにも注ぎ始める。
男「香りがいいでしょう、これ、マダガスカルバニラやスパイスの入ったものでね、今日は気分がとてもいい、とてもいい気分です」
男「では、三好さんお会いできましたこと、貴方様の人生とあの子達に乾杯を致しましょう」
「乾杯」
幹部候補とか、いわれたが、小心者の俺は、正直ここに足を踏み入れたことを後悔していた。
やばい所に足を踏み入れてしまった、しかも免許証や名刺まで全て見せてしまった。
ウイスキーを口に含む。
まろやかなとろりとした甘さとスパイシーな香りが混ざりあう。
喉を通る瞬間、強烈な刺激となって口から鼻腔へ抜けていく。
暴力的な刺激と熟成されたまろやかなモルトが合わさり、甘い香り、スパイスの刺激が幾重に重なり、押し寄せて来る。
男「どうです、おいしいでしょう」
「三好さん次第ですが、ぜひうちが、どんな所なのか、少しご体験をなさりませんか。」
「勿論、秘密は守ります。」
そのような話をしていると、ドアの向こうでトトトッと控えめなノック音。
少しドアが開き「オーナー準備が整いました。」と速水さんが話す。
男「いつも通り?」
速水「いえ、今日は、この前出来た、新しいものを着せました」
男は、とても幸せそうな笑みを浮かべる。
男「おいで、みんなお入り」
ひとりずつ、少女が部屋に入ってくる。
先ほど踊っていた3人の少女に違いなかった。
少女は、黒いマントのようなものを羽織っている。
男「おぉ、やっぱりこれ、速水君、やっぱりマントコートにしてよかったよ。裾がスカートみたいに拡がって、かわいいね」
男「じゃ、三好さん、紹介しましょう」
「真ん中の子が、そよか、右側の髪が長い子が、れいな」
「ショートヘアの7:3分けの子が、まな」
「そよかは、三好さんがとても好きみたいですよ。今日は三好さんをずっと見ていましたね」
「美人で透けるような色白でしょ。スタイルもいいし、物腰も柔らかで、学校でも、とても人気があるそうです。」
「担任の先生からも、ご父兄の中にも、熱烈なファンの方がおられるそうですよ」
「皆、同じ小学6年生、今年12歳になったばかりの子たちです。」
そよかは、切れ長の瞳、おでこは少し広め、漉いた前髪が薄くかかっている。
きれいな顔立ちだ
3人の中で一番背が高く、160㎝を超えていた。
れいなは、顔の作りが整っている、いや寧ろ整いすぎて、色々な人と重なる。
美人という、括りでいえば、ダントツでれいなだ。
少女というのもあるが、どこか中性的で、さり気ない仕草でもハッと息を飲むほど美しい。
大人でも正直、横に来れば、緊張するほどの美人だった。
まなは、そよか、れいなと比べると、地味な印象になる。
少し両目の間が開いているが、奥二重の瞳、目尻りの睫毛が、きゅっと可愛く上に伸びている。
目尻の下は、子どもらしい、緩やかな窪みがあった。
そしてなにより唇が印象的だ、大きくはないが、厚くぷっくらと膨らんでいる。
3人の中では、一番人見知りするタイプのようだ。
まなを見ていると、悪戯したいSの気持ちが昂る。
どこか翳りのある愁いを秘めた顔をしていた。
男「じゃ、みんな、後はよろしくね。」
三好さん、私は、これで失礼致しますので、後は、速水に何でも、お申し付けください。
そう言うと、グラスに残ったウイスキーを飲み干し、幸せそうな笑みを浮かべて、野口は部屋を出ていった。
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