近づいて入り口を覗いてみる。
錆びの浮いた灰色のシャッターが閉まっているが、新聞受けの空いた穴から灯りが漏れている。
もし会えるのであれば、あの少女達に会いたい。
いや、きっと、ここのスクールの生徒に違いない。
踊っていたあの少女たちを想い返す、会いたい気持ちが、より強くなり足を一歩、一歩動かす。
大きく深呼吸をして、ゆっくりとインターホンのボタンを押す。
シンと静まり返った中、チャイムのメロディ音が3回、辺り一帯に響く。
誰も出ないか、いや出て欲しい、でも出たら、何を話せばいいんだ、心の中で葛藤する。
ここの人に会ってからの、この先の覚悟が出来ていないからだ。
少しして「はい」という女性の返事。
思わず、「すみません、ダンススクールに興味があって、パンフレットだけでも頂けませんでしょうか?」
咄嗟にしては、うまく話を切り出せた。「あ、はい。少しお待ちください」
女の声は、少しハスキーな低い落ち着いた声だった。
暫くすると、新聞受けから、「少しシャッターを開けますから、しゃがんで入ってきて貰っていいですか?」と女性がいう。
「え、あ、はい」
屈んで入ると、程なくしてシャッターが降ろされる。
年齢にして40歳くらい、細く、背の高い女性が立っている。
周りの壁には、彼女を中心に10名くらいの生徒と思わしき少女たちと一緒に写った写真が、いくつも飾られている。
女「ごめんなさいね、調子が悪くて上まであがらないの」
「こんばんは、スコーピオンザウルス、ダンススクールの速水と申します」
飾られている周りの写真をみる俺、
女「えっと」
俺「あ、すみません三好といいます」
女「三好さん、習われるのはどなた?今日はいっしょじゃない?」
俺「あ、いえ習いたいのは自分で、ダイエットを始めようかな、みたいな」
女「うふふ、うちはおチビちゃんから中高校生くらいまでを対象にした女の子だけのダンススクールでしてね、ダイエット目的じゃ、うちに入校は無理かしら、ね」
俺「え、あ、そうか、すみません。大変失礼を致しました!」
不思議だったが、この時は自分の行動が、とても失礼なことだと一瞬で理解した。
頭を低く下げ、非礼を詫びた。
女「いいですよ、三好さんみたいに興味がある方は、普通に嬉しいですよ。」
「でも失礼をごめんなさい。冷やかしでお越しの方も、とても多くなりましてね。」
「中には、盗聴や盗撮、若い女の子を狙った過激な人達も見受けられますから。」
「失礼ですが、三好さんは、うちをどこでお知りになられました?」
俺「いや、あの出張でこちらに来ていまして、偶々ファミレスの駐車場でダンス踊っている女の子を見知らぬ3人で見ていたら、昔、この南郵便局の裏の、蠍と蜥蜴の印の店の話になって」
「たしか農学校の先生だったとか、風情が残っているとかで」
「それで、まぁここに来たというか」
俺は今、凄いことを話してしまったのかも知れない。
一瞬で女性の顔つきが変わった。
凛とした、体中の神経を研ぎ澄ましたような、緊張した雰囲気を感じた。
女「そうでしたか、それでこちらに来られたのね」
そういうと「ちょっとごめんなさい」といって席を外した。
程なくして女は戻って来た。
女「三好さん、さっきも言ったけど、冷やかしなど色々な人が来るの、貴方を信用していないわけじゃないけど、免許証とお名刺を見せていただける?」
別に悪用するわけでもないだろう、財布に入れてある免許証、名刺を速水さんに見せる。
女「結構、遠くからお見えになったのね」「こちらの会社は?」
俺「もうこの街には、何回も来ていますね。あ、普通のサラリーマンです、社会人になって13年になります」
この人に嘘は通用しない、何より凛とした圧迫感がある。そもそも自分からやって来たのだ。
答えないという選択肢はなかった。
女「じゃコピーをいいかしら、それならこちらも、具体的なお話が出来るわ」
免許証をコピーしたら出来る話っていうことだよな。
また心臓がドキドキしてきた。
この旧花街に来た時から、すべてがそうだ。胸騒ぎのする圧迫感があった。
俺「あ、はい、大丈夫です。」
女「じゃここは、玄関なので、こちらの部屋にお移りになって」
そういって応接室に通された。
女「はい、お返し致します。ありがとうございます。」
「実は、貴方が駐車場で会った眼鏡の人は、野口って言ってね、うちのオーナーなの」
「さっき伝えたら、もう来たのかって喜んでおられたわ。」
女「私の母もここのオーナーをしています、私は、ダンスの講師や生徒たちのお世話をさせて貰っています。」
「母はもっぱら、ここから少し離れたところのNPOとして、孤児や虐待児童のお世話をしています」
「このスクールも、自立支援のプログラムで始めたけど、今はイベント自体が出来なくなってしまったでしょう」
「それに、ここじゃ踊るのも5名が限界、ダンススクールは今、とても難しいわ」
「だから、信用のおける方、裕福な方々に、ご援助をしていただいて、何とか続いていますわ」
話していると、家の奥の方から誰かが入ってくる音がした。
女「来たみたいね、じゃ少しお待ちください、オーナーから説明を聞いて」
「よかったら、お力になって下さいね。」
そう言って速水さんは部屋を出た。
※元投稿はこちら >>