息子のはっきりした意志を聞かせてもらって、雅代は息子の精神的な成長を感じた。
これなら、大丈夫じゃないかな?
しかし、直ぐにはそれを息子に伝えなかった。
「お前の気持ちは分かったけど、それを許すかどうかは、これからしばらくお前と愛美ちゃんを見守ってから決めるつもりだからね。」
そう言って、その夜は息子のご奉仕は受けずに寝室に入ったのだった。
それからは、遥も愛美も、これまで以上に母親とおば様にお仕えした。
学校生活にも努力し、一学期の成績は生徒会長、副会長の遥、愛美で学年1位2位だった。
中学体育大会で、遥は剣道部の主将として、団体戦、個人戦とも優勝した。
夏休みに入っての文化交流活動では、各学校代表とのパネルディスカッションで、遥が堂々と意見を述べ、それを横で愛美が細かい心配りでサポートする姿が好評を得た。
周囲の皆から愛される二人だったが、思いがけない事件に巻き込まれた。
文化交流活動が無事終わり、二人が電車で帰っている途中、人気の無い駅のホームで、1人の女性が人相の悪そうな男から絡まれているのに出会った。
止めようとする遥に男は矛先を変え、遥の胸ぐらを掴み凄んできた。
遥は愛美に、
「その女の人を早く!」
とだけ言った。
愛美は躊躇わず、女性の手を引いてホームを走った。
幸い改札口で駅員と同じ学校の男女の生徒達に会い、簡単に事情を話すと、皆が愛美の後を追ってホームに走った。
そこでは、胸ぐらを捕まれた遥が、既に男から一方的に殴られていた。
自分達の偶像と言うべきリーダーが、不当に殴られているのを見た生徒達は激昂した。
男を囲み、中にはホームにあった厚い板を持ち出して、それで男を殴ろうとする男子生徒もいた。
男はそれで、情けないほどびびり上がった。
ホームにしゃがみ込んで、両手で頭を抱えて助けを求めた。
その情けない姿は、激昂した生徒達の攻撃心をますます強めた。
板を持った生徒が、それを振りかざして殴りつけた時、
「やめて!」
と、叫んだのは愛美だった。
それでも止まらず振り下ろされた板を、背中で受けて男を庇ったのは遥だった。
幸い怪我は無かったが、かなりの痛みは感じた。
そこに駆けつけた駅員にだけ簡単な事情を話して男を任せ、まだ興奮している生徒達が周りに迷惑を掛けないようにと、二人は駅から出ていった。
その日、雅代は遥からその事について報告を受けたが、翌日駅や警察から連絡があり、息子の報告がほぼ間違ってなかったことを知った。
その夜、遥と愛美は二人並んで、母親二人の前で正座していた。
母親二人は厳しい表情だった。
まず雅代が聞いた。
「遥。愛美ちゃん。
お前達が女の人を助けたのは、当たり前の事だから色々聞かないよ。
でもね、その時にやった事について、どうしてそうしようと思ったのか聞きたいの。
遥。何故一方的に叩かれたの?
顔に怪我までして!」
遥は神妙に、しかし目はしっかりと母親に向けて返事をした。
「お母様から大切にしてもらっている僕の身体を、あんな男から叩かれたのは申し訳ありませんでした。」
「分かってるじゃない!
お前は私の、いや、今では冴子と愛美ちゃんにとっても大切なものなんだよ。
それが分かってて、どうして一方的に殴られてたの?」
「ごめんなさい。
お母様の物である僕の身体を、傷つけられたのは、本当にいけなかったと思っています。
でも、もし殴り会いになったら..、僕きっと、相手を自分より酷く怪我させています。
そうなったら..、お母様が世間からなんて言われるか...。」
雅代は分かっていた。
ここに来た時は、か弱く華奢だった遥が、身体を鍛え、剣道だけでなく護身術も一人で練習してたことを。
遥は、いざと言う時は僕がお母様をお守りするんだ、と思って、学校で空手や合気道、拳法等を知ってる友達から基本を教えてもらい、それを独学している。
もともと途中から剣道部に入っても、めきめき上達した遥には、そっちのセンスがあったのだろう。
真剣に戦ったら相手を怪我させる。
それもダメだが、それで保護者である母親に世間の攻撃があるのが一番いけないと思う。
だから一方的に殴られた、と遥は言いたかったのだ。
続いて冴子が自分の娘に聞いた。
「愛美。
貴女は、どうして遥君を残して行ったの。
女の人だけ逃がして、貴女は遥君を助けてあげるべきじゃなかったかしら?」
愛美も毅然として答えた。
「遥君が言うのなら、私はそれに従うべきだって思いました。」
「じゃあ、もし、もしもよ!貴女が戻ってきた時に、遥君が..、死んでたら?」
愛美は躊躇わずに答えた。
「私も死にます。」
部屋の中が、シーンとなった。
ちょっとの間があって、再び愛美が言った。
「ごめんなさい。
その前に、お母さんにちゃんと聞きます。
死んでも良いですか?って。」
その声は真面目だったが、思わず雅代が吹き出してしまった。
続いて、重い雰囲気に耐えきれなくなった冴子まで、笑い出した。
「良いわ、もう良い!」
「二人とも、良くやったわ!
誉めてあげる!」
しかし二人の母親は、一頻り笑うと再び真面目な顔になって言った。
「二人とも、大切な身体なんだよ..。」
「お母さん達の、宝物なんだから..。」
今度は雅代も冴子も、その目から涙が流れていた。
その夜、二人の子供はご褒美に、愛美の望みを叶えられた。
※元投稿はこちら >>