天使の男の子は、愛美が泣き出しても、そっと見守ってくれた。
泣きながら、愛美は自分が父親から犯された汚れた娘なんだ、と遥に話した。
話終わって、まだしゃくりあげてる愛美に、遥は言った。
「それって、以前の事でしょう。
僕のお母様は、君の事を、冴子さん自慢の秘蔵っ子だって言ってたよ。
僕も実際君を見て、本当だ、素敵な女の子だって思ったんだ。」
遥の顔に、嘘やその場しのぎのでっち上げを言ってる様子は全く無かった。
でも、自分の言った事に、照れてるような表情はしていた。
まあっ..。
この人、嘘は言ってないんだろうけど..、私が素敵って、おかしいよ。
愛美は、それが何となく可笑しくなり、つい笑いが顔に出てしまった。
「あっ、君。笑ったね!
よかった。君、笑えるんだ!」
遥が嬉しそうに言うが、愛美にとっては、それも可笑く感じ、わずかに浮かんだ微笑が、本当の笑顔になった。
「君はもう少しお湯に入って暖まってて。
僕は、君の服を持ってくるから。」
そう言って裸のまま浴室から出ていった遥は、ほんの数分できちんと学生服を着た姿で、前にいた部屋で脱いでいた愛美の衣服を全部持って来てくれた。
「あっ、これ、お母様の使っている生理用品なんだけど、多分使えると思うんだ。
試してみて。」
普通なら、中2の女の子が、同級生の男の子から生理の事をこんな風に触れられたら、恥ずかしくて怒り出すか泣き出すだろう。
それなのに、愛美には、遥の親切が自然に嬉しく感じられた。
さっきまで裸で抱き締めてくれてたのに、愛美の服を持って来たら、遥は浴室から出てくれた。
愛美は落ち着いて服を着て、洗面台で髪の毛も整える事が出来た。
ドアがノックされ、愛美の「どうぞ」と言う返事を待ってから、遥が入って来た。
ちょうど愛美が、眼鏡を掛けようとしているところだった。
入って来た遥は、愛美が眼鏡を掛けるのを見て、「はーっ..」と大きなため息をついた。
「君って、やっぱり眼鏡が似合うよ。
真面目な、委員長って感じだね。」
同年輩の男の子から、真面目に容姿を誉められるのは、照れ臭くて恥ずかしいものだ。
愛美は顔を再び赤くして
「あの..、私、学校で..、委員長してます..。」
と答えた。
「本当に?
君って、本当に冴子おばさんの自慢の娘さんなんだね!」
そうそう言った遥が、自分の学校では二年生で生徒会の書記をしている事を、愛美は四人でお茶を飲んでる時に聞いている。
この人、成績が良くて、剣道してて、生徒会の書記してて、顔を良くて、それに..、優しくて..、私みたいに地味な女の子が普通に話出来る男の子じゃないんだ..。
私が汚れてないっ、て本気で思ってくれてるのは嬉しいけど、やっぱり釣り合わないよね。
でも、憧れるだけなら..。
そう愛美が小さな胸の中で、甘酸っぱい憧れを抱こうと思った時だった。
遥が愛美に、無表情では無く、心を込めた真面目な表情で言った。
「君に、お願いがあるんだけど..」
ええ、良いわよ。
今日の事は無かったことに、でしょ。
分かってるわ。
私が勝手に心の中で憧れるだけにするから..。
愛美が頷いたのを見て、遥は言った。
「お願いは2つ。
1つは、お母様やおばさんから言われたからじゃなくて、本当に君の意志で僕とお付き合いしてほしい。」
えっ?えっ、それって、おかしいよ..。
だって、だって貴方は、天使様で..。
「もう1つは、今、もう一度ぎゅって抱き締めさせて!」
う、うん。
それなら、構わないけど..。
愛美が二つ目のお願いにだけのつもりで、顔をこくん、と頷いた途端、愛美の小さな身体は遥に抱き締められた。
「君とお付き合い出来て、僕、嬉しいよ。」
愛美は、それは、違うから..と言いたかったがぎゅっと抱き締められたら、もう声が出なかった。
代わりに、悲しくない涙が目から出た。
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