それから五年以上が経過していた。
例の男に二人が再び出会うことは、ついに無かった。
中学卒業後、別々の進路を選んだ少女達。
その適度に親密な関係は、互いが高校を卒業する直前まで続く。
『適度に親密な関係』とは何か。
二人は互いを同性愛ではなく、露出プレイのパートナーとして選ぶことになる。
『仕事』をするにあたり、二人一組の行動がリスク排除に有効であることを熟知していた少女達は、それなりのリスクを内在させた禁断の遊びに際しても、転用させていたのだ。
勿論、二人が躯を交わすことも無いわけではないが、それは極く稀な、、一年に二度か三度、、こととなっていく。
意外なことに、と言っては語弊があるかもしれないが、初体験を済ませたのはミドリの方が先であり、中学二年生の終わり、年末から交際を始めた男子生徒が相手であった。
熱し易く冷め易い性格のミドリは、半年ほど交際しては別れるを繰り返し、失恋するたびに泣きながらアオイの躯を求めるのが常であった。
「もぉ。男と別れて昔の女って何?」
冗談めかして文句を言いつつも、嫌な顔をせず情交を許すアオイ。
それが彼女なりのミドリに対する贖罪であったのか、それとも真に友人と躯を交わすことを望んでいたのかは、誰にも分からない。
アオイは結局、二十代後半で婚姻するまで純潔を守り続けることになる。
同性との交合、露出プレイに伴う昂ぶりに性的な満足を得ていたのかもしれないが、ミドリにすれば過去の性被害による異性に対する恐怖心に起因しているとしか思えなかった。
高校生になった二人が久々に躯を交わした後、、つまりミドリの失恋直後、、の取り留めもない寝物語の最中である。
それは間も無く卒業を控え、各々の人生が別々の途を辿り始める時期。
或いは二人が躯を交わすのは、最後になるかもしれない、そんな想いも共有しながらの逢瀬であった。
全裸で躯を絡ませた二人が快楽の余韻に浸っていると、不意にアオイが呟いた。
「ね。保健体育の授業でエッチなこと教えて欲しいと思わない?」
「はぁ?」
素っ頓狂な返事しか出来ないミドリ。
真剣な表情で話し続けるアオイの言い分は次のようなものであった。
思春期を迎えた頃から躯の裡側から染み出すような快感への誘い、或いは躯の底から突き上げるような性衝動。
それらについての具体的な知識が無い為、ティーンエイジャーは悩み、傷つき、惨めな想いに苦労するのではないか。
「オナニー教室とか?」
「同性愛に対する偏見、とかかな。」
混ぜっ返すミドリに反撃するアオイ。
ひとしきり笑った後も話は続く。
「オナニー教室かぁ・・。」
遠い眼をするアオイ。
ミドリは遠い記憶を探る。
自慰の方法のレクチャーを求める友人に対し、断固として拒否した挙句、同性愛に耽る羽目に陥ったあの日。
「でもさ、そしたらアオイは補習だね。」
「え?」
・・先生、痛くて出来ません。
全然、濡れないんです・・。
「居残りで練習とか、先生に手伝ってもらうとか、さ。」
ここだ。ここを・・そうそう、その調子。
いいぞ、濡れてきた。
もう少しだ、頑張れ。
「先生、男?有り得なーい。」
アオイとて言われっ放しではない。
「あたしが補習なら、ミドリは優等生だから模範演技だよ。」
上手いな。
ちょっと前に出てやってみてくれ。
全員、集まれ。
皆んなも見習うように。
「うっわぁサイテー。セクハラ中学のセクハラ授業だよぉー。」
笑い転げる二人。
不意に真顔になったアオイ。
「・・本当は、ね。知ってたんだ・・。」
「え?」
「・・あの日、ミドリが見てたこと・・。」
「・・・・・。」
絶句するミドリ。
アオイはポツリポツリと、まるで呟くように話し続ける。
逆光、植え込みの陰、その顔は分からないが、そのシルエットには見覚えがある。
男達が去った後、見計らったかのように姿を現したミドリ。
その時は思いが及ばなかった。
気付いたのはアオイが『仕事』をするようになった頃だ。
あくまでも状況から推察された結論に過ぎず、根拠は無いが確信はあった。
許せなかった。
助けを呼んでくれさえしなかったのだ。
しかも、被害を受けている最中の自分を眺めながら、自慰に耽るとは。
「オナ、してたことが分かったのは暫く経ってから、、オナが何なのかが分かってからだけどね・・。」
口を噤むミドリ。
アオイの話は続く。
ミドリのことが許せない。
だが、あの日、唯一の味方としてアオイの潜在意識に刷り込まれてしまった友人の存在。
その友人無しには得られない性的な満足。
アオイもまた、葛藤を抱えたままミドリとの時間を過ごさざるを得なかったのだ。
「ね、見て・・。」
そう言って立ち上がったアオイは、一糸纏わぬ全裸を晒す。
その裸身は、今この瞬間、開きつつある蕾のようであった。
丸みを帯び、その頂点に薄紅色の真珠を備えた双つの膨らみ。
今尚、淡く下腹部を彩る翳り。
引き締まりつつも、程良く厚みを増した躯。
全体的には僅かにアンバランスな趣きこそあるものの、かつてミドリが妬みまで覚えた清浄さを備えたまま、成熟へと向かう未完成故の美しさと妖しさを放っていた。
「・・今だったら・・最後までヤられちゃうかな・・。」
誰にともなく呟くと恥ずかしげな微笑を浮かべる少女。
女として・・そして牝として成熟しつつある己れに対する自信。
決してそれは優越感ではなかった。
少なくともアオイにとっては。
微動だにせず一言も漏らさないミドリ。
或いは、、あの日の真相と破廉恥な自慰について友人が気付いているような薄っすらとした予感はあった。
『許せない。』
当然かもしれない。
だが、今、ミドリは圧倒的な敗北感と屈辱に打ち拉がれていた。
アオイの発言に、ではない。
アオイの裸身に、であった。
心を奪われてしまったのだ。
許せなかった。
そんな自分が、だ。
あの日以来、二人の関係性においては、常にミドリがアオイをリードし、基本的な主導権はミドリが握っていた。
だが、考えてみれば重要な局面において、方向性が決まる際には、常にアオイの無邪気なまでの言動がキーとなっていたのではないか。
アオイと躯を交わすことになった経緯。
アオイと『仕事』をするようになった経緯。
ミドリが潜在的に感じて続けていた劣等感。
それ故にアオイに先んじて異性との初体験を果たし、異性との性行為に耽ることにより、己れの優越感を満たして、、いや、劣等感を誤魔化してきたのではないか。
葛藤するミドリ。
全裸のまま立ち尽くしていたアオイが、下着を、衣服を身に付け始める。
呆然としたままのミドリ。
身繕いを終えたアオイは、手櫛で髪を整えながら荷物を手にする。
「・・・あの日・・それから今日まで・・本当に有難う。」
さよなら
そう言い残したアオイは、振り返りもせずドアの向こうに姿を消した。
それ以来、二人が顔を合わせることは、いや、連絡を取り合うことは、ついぞ無かった。
そしてアオイとミドリの関係における真相を知る者は誰もいない。
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