車内に響くアナウンスが、終着駅のひとつ手前の駅を発車した旨を告げた。
「上着を返してあげてくれないか?」
その日、初めて男がミドリに声を掛けた。
意味も分からず上着を差し出すと、黙って受け取ったアオイは緩慢な動きで袖を通し始める。
次の瞬間、終着駅への到着を知らせるアナウンスと共に電車はホームへと滑り込む。
当然のことながら乗っている電車は、折り返し上り電車となり、それ故にホームには少なからぬ乗客が待っていた。
「ぁ。」
ホーム上で乗車を待つ人々の姿を認めた瞬間、アオイは怯えたような表情を浮かべ、男とミドリを振り返る。
勿論、男は涼しい顔をして見守るのみ。
ミドリとて何をどうすれば良いのか分からず、ただ戸惑うのみ。
アオイは袖を通したばかりの上着の胸元を右手で掻き合せ、左手でスカートの裾を抑えた無様な姿のまま、背を屈めながら電車を降りるしかない。
その姿は、寒風吹き荒ぶ中、コートを纏い、その襟元と裾からの冷気の侵入を阻む旅人のそれであった。
行き交う人、人、人・・・。
少女が淫らな汁を垂れ流しながら、羞恥に身を縮めていることを、その中の誰一人として知る者はいない。
だが、少女の妄想は独り歩きを始めていた。
その場にいる全員が、少女が今、どんな格好で、どんな状態にあるかを知っているかのような錯覚。
果ては過去に自分が受けた性的な被害、友人と交わした淫らな行為、金品を得る為に幾度となく男達の性欲を解消してきた事実など、全ての秘密が公然と晒されているのではないかという狂気にも似た羞恥心。
気息奄々と言うのだろうか。
酩酊しているかのような足取り。
それでも何かの救いを求めるかの如く、振り返りすらしない男に追従するアオイ。
少女は果てたかった。
果てること以外は、考えることすら出来なかった。
※元投稿はこちら >>