「ね、お願い。話だけでいいから。」
通学用のバッグを手にして教室を出たミドリに必死で追い縋るアオイ。
廊下を行き交う生徒達も、何事かと振り返っていく。
これでは、益々、怪しいではないか。
舌打ちしたい想いを堪らえつつ、話だけという条件で並んで歩き出す二人。
延々と繰り返されるアオイの泣き言も、要約すれば単純な話だ。
即ち、ミドリ無しでは満たせない欲望の解消方法と、それを目覚めさせておいて知らぬふりを決め込もうというミドリの無責任さに対する追求に尽きる。
前者に関しては知ったことではなかった。
だが、後者に関しては思うところも無いではないミドリ。
だが、このままの関係を続けていくのは真っ平御免である。
連れない素振りを貫くミドリに対し、業を煮やしたアオイは最後の切り札を切る。
「・・・言うから!皆んなにミドリとのこと、バラすから!」
ミドリにアオイがされたこと。
アオイがミドリにしてきたこと。
確かにそれを白日の下に晒されるのは、ミドリにとって最大の痛手だ。
勝利を確信したかのようなアオイ。
だが、ミドリの答えはあっさりとしたものであった。
「・・いいよ。言えば?でも・・」
その秘密が暴露されるのであれば、ミドリにも考えがある。
それはアオイにとって、ミドリ以上の痛手であることは間違いない。
怪訝そうな表情を浮かべたアオイに向かい、キッパリと言い放つミドリ。
今後、何らかの気紛れでミドリがアオイの躯に触れることは、無いかもしれないし有るかもしれない。
その確率は極めて低いとしても、現時点では決してゼロではない。
だが、もし、二人の爛れた関係が周囲の知るところになるのであれば。
そして、それがアオイによる曝露でなく、行為の最中が第三者に目撃されたことによってであっても。
「二度と・・絶対にアオイとはしない。」
冷酷なまでのミドリの口振りが、その覚悟の程を示していた。
完膚無きまでの完敗。
取り乱すことしか出来ないアオイ。
ならば自分は、アオイはこれからどうすれば良いのか。
「知らない。」
素気無いミドリ。
それでもアオイは必死に食い下がる。
「あ、あたしの部屋なら・・。」
自分の部屋を提供すると言い出すが、アオイの家人、特に母親の存在がある以上、リスクは存在する。
「お小遣いとお年玉で・・」
身銭を切って『そういうところ』、、端的に言えばラブホテル、、に行くのはどうか。
「いつまでも続かないでしょ?」
沈黙を守ることしか出来ないアオイ。
勝利を確信したミドリはトドメとばかり、辛辣な一言を告げる。
「アオイ、上手じゃん。・・男の人を気持ち良くするのが、さ。」
言い過ぎであった。
いや、言ってはならないことだ。
アオイの古傷を抉ぐる言葉だ。
ミドリにも自覚はあるが憤りのあまり、最早、止めることは出来ず、最後まで言葉を紡いでしまう。
「アレ、咥えて男の人からお金貰ったら?」
その金で『そういうところ』に行けば良い。
『そういうところ』であれば、付き合うのはヤブサカではない。
ある意味では本音だ。
第三者の耳目を集めない閉鎖された場所であれば、少なくともリスクは大幅に軽減される。
その場で顔を引攣らせ、蒼白になって立ち尽くすことしか出来ないアオイ。
つと顔を背けたミドリは一人で家路を辿り始める。
水曜日の話であった。
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