翌朝、俺達はまた、ロッジの食堂で向かい合って朝食を取った。
昨夜のことがあったのでかなり気恥ずかしかった。
俺は自分に
『昨日のあれは、レッスンのお礼なんだ。キスしたくらいで急に彼女扱いして、デレデレしたら引かれるに決まってる!』
と言い聞かせた。
ゆきの方も、朝食の間は恥ずかしそうに言葉少なだったが、いざレッスンが始まると昨日以上に真剣に、俺が
「もっと重心を左!右は踵から板を回して!」
などと大声で指導すると、負けずに大声で
「はい!」「こうですか!?」
と返してくる。
その甲斐あって、帰る頃には斜滑降からプルークターンの連続で、中級コースを転ばずに降りてこられるようにまでなった。
帰りのバスの中。俺が
「たった2日でずいぶんうまくなったな。面白くなってきたろ?」
と聞くと
「はい。翔さんのおかげです!もっともっと滑りたい気分!」と明るく答えた。だが、
「そうだな。忘れない内に、今シーズンあと2、3回行ければ、上級コースにも行けるかもな」
俺がそう言うと、ゆきは少し寂しそうに笑い
「この冬は、多分もう無理です。このツアーで貯金使い果たしちゃったから…」
と答えた。
この言葉をきっかけに、俺はようやく、彼女がなぜたった一人でスキーバスツアーに参加したのか、その理由を知ることができた。
ゆきが初めてスキーを体験したのは1年前。親戚の叔父さんが連れてきてくれたらしい。それがやたらに楽しかったので、今年もぜひ1回でもスキーに行きたいと願っていた。
しかし、今年はその叔父さんが病気で入院したため連れて行ってもらえない。彼女の家は母子家庭で、働き詰めの母親に、スキーに行きたいなどとはとても言い出せない。そこでゆきは、去年から貯めていた貯金とお年玉を全部注ぎ込んで、このツアーに申し込んだのだった。
『そこまでして、ゲレンデに来たかったのか』
俺は話を聞いて、胸が熱くなった。
なんとかしてこの子に、今年もう一度スキーをさせてやれないかと考えた。
「…俺が学生の頃、泊まり込みのバイトをしてたロッジがあって、社長に気に入られて、いつもリフトやメシをタダにしてもらってるんだ。」
「あんまり有名じゃない小さなスキー場だけどな。来週行くんだけど、一緒にどうだ?」
俺はこの時嘘をついた。学生時代にバイトしたスキー場の、社長に気に入られているのは本当で、リフトやメシをかなり安くしてもらっているが、タダじゃない。だがこうでも言わないと、金は俺が払ってやると言っても、ゆきは遠慮してしまうと思ったのだ。
俺の話を聞いて、一瞬だけ、ばあっと明るい笑顔になったが、すぐにまたうつむいて
「ありがとうございます。すごくうれしい。でも、このウェアも従姉妹のお姉さんのなんです。また貸してくれるかどうか…」
と言った。
スキーウェアくらい、仲間に頼めばいくらでも借りられるのだが、昨日あったばかりの俺がそこまで世話をすると言っても、ゆきは遠慮するだろう。
「それなら、帰ったらそのお姉さんに聞いてみたらどうだ?借りられるかどうか、後で電話してくれれば…」
言いながら俺が、メモ用紙に携帯の番号を書いて渡すと
「それでいいんですか?…じゃあ、必ず電話します!」
と言って、自分の家の固定電話の番号を教えてくれた。携帯は持っていなかった。
バスが解散場所に着くと、ゆきは
「本当にありがとうございました!絶対電話しますから!」
と何度も頭を下げながら、帰って行った。
2日後の夜、ゆきの家の家電から電話がかかってきた。
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