それから俺たちは、永くつき合った。
ロッジに泊まった日から1ヶ月ほど経った頃には、ゆきの母親にも挨拶に行った。
約束の日、母親は晩飯を用意して待っていてくれた。
ひと通りの挨拶と自己紹介が済んだあと、俺はしばらく前から気になっていたことを、母親に聴いてみた。
『なぜ、10歳以上年上の俺と、中学生のゆきとの交際に、反対しなかったのか』
すると母親はニッコリ微笑み
「あの子はね、私より人を見る目があるんですよ。そのおかげで随分助けられて…だから、あの子が選んだあなたは、信頼できる人です。」と言った。
そして、「私は見ての通り、頼りない親です。どうか娘を支えてやって下さい」と深々と頭を下げた。
交際を許してもらったのは嬉しかったが、母親にこう言われた以上、ただの彼氏では済まされない。ゆきの将来、進路にもある程度責任を持たざるを得ないだろう。俺はその時そう覚悟したが、それは決して悪い気分ではなかった。
交際が始まって1年が経ち、次のスキーシーズンが始まる頃、中3になったゆきの進路問題が持ち上がった。俺は当然高校に進むものだと思っていたので、制服やカバン、靴などを買い揃える金を負担しようと思っていた。ところが俺がその話をすると、ゆきは微笑んで静かに首を横に振り
「高校へは行かないんだ。卒業したら就職するの」
と言った。
俺は驚いた。理由は聞かなくても想像がついたが、しかしそれは、いくらなんでも…
俺は、高校だけは出ておいた方がいいとさんざん口説いたが、ゆきは微笑んで聞いているだけ。
「これ以上お母さんが、私のために無理するのを見ていたくない。早く就職して、せめて自分の生活費くらいは稼げるようになりたい」と言った。
俺は迷った。ゆきの気持ちは分かるが、今の社会で、中卒の女子が差別もされずに活き活きと働ける職場がどこにあるだろうか?年上彼氏として、彼女が辛い思いをするのを指をくわえて見ていていいのか?
俺は思いあまって、またあのロッジの社長に電話で相談した。
最初に、1年前に泊めてもらった際、ゆきの年齢を偽ったことを謝罪すると、社長は「知ってたよ」と笑って許してくれた。
俺は、今ゆきが置かれている状況をざっと説明してから
「それでな、いっそのことふたりで、店でも始めようかと思ってるんだ。といっても俺には、スキーの用品店くらいしか思いつかないけど」
と言った。すると社長は、
「お前…そこまでか!?」
と言って絶句した。
俺がその時勤めていた会社は、業界ではそこそこの大手で、給料も悪くなかった。俺にとってはただ、生活費とスキーをするための金を稼ぐ手段に過ぎなかったのだが、中学生の彼女のために、そこを辞めて脱サラ、というのは世間の常識的には『もったいない』ということになるのだろう。
社長はしばらく黙って考えてから
「そんなら、ふたりでウチに来ないか?給料は、今の勤め先と同じという訳には行かないが、代わりに住むところと食うものは、心配しなくていい」
これはその時の俺にとって、願ってもない申し出だった。俺は、さっそくゆきに話してみると約束し、礼を言って電話を切った。
次のデートの時、ゆきにその話をすると、すぐに
「それはダメ!ムリだよ!」
と言った。ゆきは母親のことをすごく大事にしているので、離れることはできない、というのかと思ったら、そうではない。
「私のために、翔さんが会社を辞めちゃうなんて絶対ダメ!せっかく、いい所に勤めてるのに…」
というのが理由だった。
俺は「そんな大した会社じゃないよ。それに、これだけ山とスキーが好きな俺が、サラリーマンとロッジで働くのと、どっちが似合うと思う?」と言って笑ってみせた。だがゆきは、なかなか納得しなかった。
そこで仕方なく、ゆきの冬休みに合わせて休みを取り、ふたりで1週間、社長のロッジに泊まり込んだ。
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