俺は、知り合ったばかりのゆきという少女に、『スキーを教えてやろうか』と言った。
お互い、他に知り合いのいないこのツアーで、コーチを引き受けたら、多分一日中二人きりで行動することになる。
俺はゆきの返事より、隣や前後の席で俺たちの会話を聞いているだろう、大人たちの反応が気になった。最近、俺ぐらいの年の若い教師が教え子の中学生に手を出し、逮捕とか免職とかになる事件がやたらに多い。そういう連中と同じ目的と思われるのではないか。
だが幸い、周りの誰もが自分達の会話に夢中になっているか、俺たちのことをチラ見しながら、微笑ましく見守っているかのどっちかだった。
ゆきは、俺のことばに一瞬ぱあっと明るい顔になったが、すぐに恥ずかしそうな伏せ目になり、
「でも、そしたらお兄さんが滑れなくなっちゃう…あ、え?一級?すごい…」
話しながらゆきは、俺のウェアのバッジに気づいたらしかった。
「ああ、まあガキの頃から続けてるから…もう俺は、そんなにガツガツやらなくてもいいんだ。」
俺はこの時嘘をついた。
本当はこの時期、1級の上のテクニカルを取るため、1回でも多く滑り込んでおきたかった。
それでも、この少女がひとりでさみしく滑って、うまく行かずにスキーが嫌いになるのを見過ごすことはできなかった。
だが心の底では、好みのタイプのJCと一日一緒に過ごせるという二度とないチャンスを逃したくない、という気持ちがあったに違いない。
スキー場に着くと、さっそくレンタルショップでゆきに合う板とブーツを選んでやり、ブーツを履くのを手伝ってやった。
これを適当にやると、途中で足が痛くなって滑りに集中できなかったり、脚の動きがうまく板に伝わらなかったりするのだ。
それから、初心者コースのリフトに乗せ、一緒に滑る。
俺が先に、ボーゲンでも降りやすいコースを滑って見せ、ゆきがそれをまねる。
最初は優しく穏やかに教えていたが、やっている内に高校、大学のスキー部で後輩を指導していた時の感覚がよみがえり、次第に声が大きくなったり、ちょっとキツイ言い方になったりもしたが、ゆきはへこたれる事もなく、食らいついて来た。
その甲斐あって、日が沈む頃にはかなり上達し、リフトを降りてから乗り場まで、転ばず止まらず、通しで降りてこられるようになった。
夕食の時間、ロッジの食堂で向かい合い
「今日一日でずいぶん上達したね」
と俺が褒めると
「はい。翔さんのおかげです!ホント、嘘みたい…」
と言って微笑んだ。
ようやく落ち着いて話ができる状況になったのだから、俺はゆきに、色々聞きたかった。
そもそも何でひとりでツアーに参加してるのか?両親は?中学生にとって安くはないツアーの参加費はどうしたのか?
だが、俺達が座ったのは長テーブルの端の席だったが、すぐ隣は家族連れの参加者たち。母親らしい女性がニヤニヤしながら俺たちがどんな会話をするか気にしている様子だってので、結局スキーの技術の話しかできなかった。
食事が終わると各自風呂に入ったり、自分の部屋でくつろいだり。俺には小さめの個室が与えられていた。
風呂を済ませたあと、部屋でスキー雑誌をめくっていると、誰かが部屋のドアをノックした。
『誰だろう?このツアーの参加者に知り合いはいない。主催者の店主が、昼間の礼でも言いに来たのかな?』
そう思いながら返事をしてドアを開けると、なんとそこにはゆきが立っていた。
「あの…入っていいですか?」
「あ、ああ。」
俺はゆきを部屋に入れ、テーブルの前のイスに座らせ、自分はベッドに腰掛けた。
『男ひとりが寝泊まりしてる部屋に、女の子がひとりで来たらどうなるか、分からない年でもないだろうに…』
などと俺が考えていると
「あの、今日は本当にありがとうございました。私、無謀だったみたい…」
「無謀?」
「はい。知り合いもいないのに、こんなツアーにひとりで参加して。翔さんに会えなかったら、どんな悲惨なことになっていたか…きっと途中で嫌になって帰りたくなったと思うんです。」
「ああ、そうかもな。2回目でそうなる子も結構いる。だから俺、余計な世話だと思いながら、コーチを引き受けたんだ」
「…なので私、どうしても翔さんにお礼しなきゃって。でも私、ホントに何にも持ってなくて…」
「礼なんていいよ。俺も久しぶりに学生に戻ったみたいで、楽しかったんだから」
たがゆきは、俯いたままゆっくりと首を横に振り…しばらくためらったあとで、俺に
「立ってください」
と言った。
「えっ?あ、ああ。」
俺が訳もわからず立ち上がると、ゆきは俺の正面に立ち、目を瞑り、軽く顎を上げた。
『こ、これは…“ちゅーして!”だよな、どう見ても』
『どういうことだ?こんなビュアな感じの子が、今日会ったばかりの俺に、こんな…』
俺が混乱して手を出せずにいると、ゆきは目を開けて
「あっ、ご、ごめんなさい。これじゃお礼になりませんよね?私なんかのキスじゃ…」
と言って真っ赤になった。
瞬間俺の脳裏に『女の子に恥をかかせちゃいけない!』という言葉が浮かび、反射的にゆきの柔らかな背中を抱き寄せ、唇を重ねていた。
キスをするほどに密着すると、洗い立ての髪のシャンブーやボディーソープの香り、それに少女の甘い体臭が混ざって立ち昇り、クラクラした。その匂いを嗅いでいるだけで、ここ数年経験したことのないほど激しく勃起し、立ち上がった先端がゆきのお腹に当たるのでは、と心配になり、慌てて腰を引っ込めた。
結構な時間抱き合ったあと、俺がようやく手と唇を離すと、ゆきは少し涙ぐみながら無理に笑みを作り
「私の、ファーストキスです」
と言ったあと、パタパタと部屋を出ていってしまった。
ゆきが出ていったドアに向かい
「…俺もだ…」と、半ば呆然としながらつぶやいていた。
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