悠優「・・ここ、なのね?・・」
「・・ここで彼と・・」
最寄りの駅からタクシーに乗った彼女が降り立ったその場所は、既に海水浴客も殆ど居なくなった海沿いのリゾート地である。
悠優「え~と、地図だとこの辺よね?」
きょろきょろと周囲を見渡しながら歩く彼女の目に一軒の建物が確認できた。
悠優「あっ! あれかな?」
「・・う~ん、えっとぉ・・」
「そうだ! あの白い家だ! 間違い無い」
既に彼との電話番号の交換も済ませていつでもメール出来る環境ではあったが、今日に限って彼女は彼との連絡を絶っている。
悠優「5年振り・・」
「5年振りの再会・・」
「何だか胸がドキドキして来た!」
彼女は絶対に醒めては困る夢の続きを見る為に、敢えて送られて来た住所と簡単な地図だけで現地を目指している。
それは自らの眼で確認出来る物しか信じたくはない、彼女の微妙な乙女心の成せる業なのかもしれない。
悠優「ごめんくださ~い・・」
「宏之さ~ん?・・」
夢にまで見た彼との再会である。
彼女は呼び鈴を押した後ゆっくりと、しかし確実にドアノブをひねって、真っ白で軽やかな扉を開ける。
すると玄関には一人の男性が微笑みながら少女を腕に抱えて立っていた。
宏之「おかえり・・悠優」
悠優「・・?・・」
「・・え? は、はい! ただい、ま?・・」
宏之「随分と時間が掛かったんじゃない?」
「電車が遅れたの?」
「それとも、道に迷っちゃったかな?」
悠優「・・は、い・・」
「あの・・」
「ちょっと、だけ?」
宏之「ふふっ! でも・・」
「でも今迄掛かった時間に比べれば・・」
「大したロスでもないのかな?・・ね?!」
悠優「はい!(泣)」
彼女は彼に逢ってから話したい事柄が山の様にあった。
だがそれの、どれもこれもが喉につかえて出て来ない。
宏之「あっ! それと・・」
「この子が悠望!・・」
「君の愛娘!」
悠優「・・ゆう、み?・・」
「あなたが悠望、なの?」
宏之「なに? 悠望? 恥ずかしいのか?」
彼女の娘は母との初めての出逢いで戸惑いを隠せない。
宏之「まっ! 急ぐ事もないか!」
「時間はたっぷりとある・・ね?・・悠優!」
悠優「・・はい・・」
宏之「さてと・・疲れたろう? 悠優・・」
「先にお風呂でも入る?」
悠優「はい・・あ、いえ・・」
彼女の喉につかえた言葉は、その全てが小さな胸に溜まって行く。
そんな彼女と彼が再会したこの家は、白百合の会が特別に用意した別荘である。
そしてこの一軒の小さな家こそが彼と彼女の本当の出発点でもあった。
宏之「・・・・・」
「長かったね!」
「本当に長かった」
悠優「はい・・」
宏之「これからも辛いことがいっぱいあるかもしれない」
「でも頼むよ! 君はお母さんなんだから」
悠優「はい・・・」
宏之「あっ! 勿論、僕も頑張る!」
「一家の大黒柱としてね!」
悠優「は、はいぃ・・」
悠望「おねえちゃん? ないているの?」
悠優「・・・ゆっ! 悠望っ!・・・」
彼女は彼と娘に抱き付いてその存在を実感する。
悠優「ひろゆきさん! どこにもいかないですよね?」
宏之「ん?・・ああ! 何処にも行かないよ!(笑)」
悠優「ありがとう・・・」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます・・・」
宏之「・・悠優・・(泣)(笑)」
二人の再会に多くの言葉は必要が無かった。
温かな互いの体温だけで充分であった。
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