内田「悠優ちゃんは確か・・」
「・・Sの6年生だったよね?・・」
彼の度重なる突然の質問を受けて、その余りにも無神経な態度に答えを窮しながらも、彼女は無言で首を横に振って仕方なく彼から突き付けられた問い掛けへの回答とする。
内田「あれっ?・・確かプロフィールには
S6年生って載ってた様な気がするんだけど?・・」
彼の素朴な疑問に小さな声で彼女が答え始める。
悠優「わたし・・この春でC1年生になりました」
今は新緑の生い茂る季節である。
彼の渡されていた書類は少なからず過去の物であった。
内田「ああ! そうなんだ!」
「いやゴメンゴメン、僕の方の資料が少々古かったみたいだね」
彼の率直な謝りの言葉を聞いて、その表情をちょっぴりと緩ませる彼女であった。
そんな彼女は膝を抱えたままの姿が失礼に当たると気付いたのか、ベッドの端に姿勢を正して座り直す。
内田「悠優ちゃんは契約の内容を知っているよね?」
「これから僕とどんな事をするのかとかも、ね?」
彼のストレートな物言いに彼女はまた緊張で表情を強張らせてしまう。
内田「え~と、今どきのS・・じゃなかった」
「そうそう! C1だったね」
「そのCだったら赤ちゃんの作り方くらい・・
当然知ってるよね? だから・・
だから敢えて特別な説明はいらない、ね?」
その彼女を緊張させた原因は”白百合の会“と彼女の家族が結んだ契約内容にあった。
悠優「・・イヤ・・そんなの、絶対に嫌っ・・」
彼女は白百合の会が独自に選んだ内田と云う男と産まれたままの姿で身体を繋ぎ合わせて、なんと自然妊娠から出産までを求められていたのである。
悠優「わたし・・・わたしお家に帰りたい・・」
小さく整った顔の大きな両眼からポロポロと涙を零し始めた彼女は、両手で膝を強く掴んでその怯えた心持ちを表現している。
するとそんな彼女の姿を見かねた彼が、優しく彼女を諭し始める。
内田「これは契約なんだよ・・だから・・
だからその内容はちゃんと守らないといけないんだ」
彼の厳しく要求する言葉を受けて彼女は耐えに耐えていた心を崩壊させてしまう。
その細くて長い両手で自分自身を抱き締めると、座ったままの体勢で上体をうずくまらせてしまう。
悠優「帰してっ!!」
「お家に帰してください!!」
「・・・・・(泣)」
彼女はうずくまったまま泣きじゃくり、身体全体を小刻みに震わせて綺麗な長い黒髪を振り乱している。
悠優「おかあさんっ!・・おかあさんに会いたいっ!!」
「お家でおかあさんが待ってるの!!」
極限状態にまで追い詰められている彼女は、ありもしない母親の幻想を語り始める。
内田「ゆっ、悠優ちゃんっ!!」
「どうかしたの?!!」
悠優「しらないっ!・・」
「こないで! こっちにこないで!」
「あっちに行ってよ!」
そんな錯乱状態の彼女を見かねた彼は隣のリビングへと戻り、件の受話器を取り上げて運営側へと連絡を取る。
内田「あの・・えっとあの済みません!」
「彼女が取り乱しちゃって・・
どうしたらいいのか分からないんです!!」
「了解しました。直ちにそちらへと向かいます」
落ち着いた運営側の男の声に彼の心も安堵する。
するとすぐさま例のスーツの紳士が現れて彼に一言声を掛ける。
男「いつもの事です。ご心配無き様!」
白衣の男を連れ立って来たスーツの紳士は、二人して無表情なまま隣のベッドルームへと消えて行く。
内田「はああぁぁ・・・」
「一体全体どうなってるんだ?」
彼の方も混乱していた。
だがそれも無理は無い。
素人である彼には混乱の極致にあった彼女の心のケア等は無理な相談である。
彼は専門家で在ろう彼らに期待をするしか方法が無かったのだ。
そして暫くの間、興奮状態で在った彼も次第に冷静さを取り戻して行く。
そんな彼はふと目に留まったテーブルの上に用意されてあったお茶の道具を使って、香りの良い紅茶をカップいっぱいにコポコポと淹れ始める。
内田「・・ふうぅぅ・・」
「なんだか落ち着いて来た・・のかな?」
暫く無言の時を過ごした彼は、ゆっくりと隣室から出て来た男たちと目が合った。
男「もう大丈夫です・・彼女はすやすやと眠っていますよ」
内田「あっ、ありがとうございます。
なんだか・・御迷惑をお掛けしちゃったみたいで・・」
男「いえいえ、契約後に女性と初めて出逢ったときは
殆どの皆さんが同じ様な経験をなさっていますから」
「どうかご心配なさらぬ様に」
「今後のケアもしっかりと対処させて頂きます」
内田「大丈夫?・・本当に大丈夫なんですか?」
男「ええ、問題ありません。こちらにも長年に渡っての
豊富なノウハウの蓄積が有りますから」
内田「・・解りました。ありがとうございます・・」
「以後もよろしくお願いします」
男「では、ごゆっくり」
彼は自身たっぷりなスーツの紳士がとても頼もしく思えて来た。
そして自らの乱れた心を深く深く落ち着かせて行った。
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