二人がベンチに座り始めてから小一時間が過ぎていた。
そんな二人は互いに交わす言葉が見つからずに、只ボ~ッと場内の景色を眺めている。
すると、何を思ったのか、彼がいきなり話を始め出した。
典史「なぁ~、雫・・憶えてる?」
「僕らが初めて会った時の事・・」
雫「・・・?」
彼女は黙って彼の方を向いて、その話に耳を傾ける。
典史「あの時さあ~!・・」
「雫ったら、只黙って、こっちを睨み付けて・・」
「・・いくら北川さんの言い付けだとしても
これからどうやって行こうか・・・
どうやって君との関係を構築して行こうか・・」
「僕には全く、分からなかった」
彼女は彼の言葉を意外そうな表情で聞いている。
典史「でもほらっ! あの初めての競技会の時・・」
「雫が初めて笑ってくれたんだよなぁ~」
「良いタイムが出たって!・・」
「俺、それで何とかやって行けるって・・」
「・・やっと思えたんだよ!・・」
雫「・・・・・」
典史「そう!それから!」
「そうそう!・・・プッ(笑)・・くくっ!!」
彼女は彼の笑い顔を見て、深く座って居た上体を軽く起こして行く。
典史「あの会議室での事・・」
「あの時、俺・・ノックもしないで
いきなり部屋に入ったらさっ・・」
「雫と花村が着換え中で・・」
「いや~!!この痴漢~って!!」
「もう、こっちもびっくりしちゃってさぁ~」
「その上、人まで集まって来ちゃうし」
「参ったよ!あの時だけは・・」
彼女は心の中で、クスッと笑った。
典史「楽しかったなぁ~・・・」
「なんだかんだ云って・・」
雫(ぷっ!(笑)わたし、も・・・)
彼は最後にそう言って、また暫く黙って仕舞った。
そして、徐に彼女へ向かって語り掛ける。
典史「じゃあ・・」
「帰ろっか?・・ねっ!」
彼が立ち上がり出口へと向かおうとすると、彼女が小さな声で話し始める。
雫「わたし・・・」
「私、帰りたくない」
典史「えっ?・・」
彼は彼女の表情を見た。
彼女は真剣な表情で、只、足元の一点を見つめている。
彼は彼女の悲痛な心の訴えを汲んで、優しく声を掛けて行く。
典史「・・雫・・」
「取り敢えず、外に出ようか?」
彼女は無言で頷いて、彼の手を取る。
二人の心は、やっと元の定位置に戻って行く。
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