澪「どうぞ~」
「遠慮は無用ですよ」
現在の時刻は午後の8時。
のんびりとした土曜日の宵の内である。
彼女に招かれた彼は今、ゆったりとしたソファーに座って居る。
澪「今、お茶を淹れますから」
「少し待っていて下さい」
ここは彼女の住む家である。
スイミングクラブから数キロ離れた処に在るこの家は、落ち着いた雰囲気の居心地の良い空間で占められている。
典史「へぇ~、ここが花村の家かぁ~?」
彼の居る居間には趣味の良い装飾品が所々に飾られている。
それだけを見ても、この家の住人がどの様な人達かが想像出来る。
彼は部屋を見渡しながら、そう感じていた。
澪「お待たせしました」
「どうぞ!」
彼の目の前に出された物は上品なポットとカップ、そして素晴らしく香りの良い紅茶であった。
澪「今日は父と母が出掛けて居て、帰って来ないんです」
「だから・・ゆっくりして行って下さい」
彼女はCの制服姿のまま、そう言って彼をもてなして行く。
澪「そう云えば・・」
「そうそう!」
「あの、ちょっと待っててくださいね!」
彼女は何かを思い出したかの様な態度で、彼に暫しの時間を乞う。
そして数分後・・。
澪「はい、これ!」
「正章君に!」
そう言って彼女が差し出した物は、或る水泳選手を特集した雑誌であった。
澪「前から彼が見たいって云ってたんです!」
「コーチの顔を見たら思い出しちゃって!」
彼は弟のダシに使われた様な気がして、少し機嫌が悪くなる。
澪「どうしたんです?」
「怖い顔をして・・」
「・・・・・」
「ああ!分かった!」
「ぷっ!(笑)」
彼は自分が笑われたような気がして、彼女へ抗議をする。
典史「なっ、何が可笑しいんだろ?」
「僕は何もしてないけど?」
澪「違うんです!」
典史「何が?・・」
澪「真剣な顔をしている時のコーチの顔が・・」
典史「僕の顔が、なんなの?」
澪「正章君にそっくりだな~って」
典史「僕と?・・正章が?・・」
彼は自分が主役では無い事が分かって、益々機嫌が悪くなる。
典史「それで!・・」
「これを奴に渡せばいいの?!」
彼女はムキになって弟の名を呼ばなかった彼に対して、或る種の親近感を覚えて行く。
澪「ごめんなさい!」
「彼の用事を押し付けたりして」
「・・・・・」
「あっ!・・それじゃあ・・」
「・・ちょっと待っててね!」
彼女は何かを思い付いた様に、いそいそと何処かに消えて行く。
典史「全く!!・・一体、何がしたいんだか!!」
そしてまた数分後。
典史「ええっ?!!・・・君は確かに・・」
「花村、だよね?・・・」
澪「うふんっ!」
「どうです? この格好は?」
突如現れた彼女の姿は・・。
典史「はなむ、ら・・・?」
彼女は上場企業の華でもある、凛々しい秘書の様な恰好をして来たのだ。
それは敢えてミニでは無いスカートを持つ、落ち着いた濃紺のスーツ姿であった。
ピシッと糊の効いた清潔感の有るスーツに、くるくるとアップに纏めた黒髪。
そしてベージュのストッキングに、わざわざ流麗な黒のヒールまで履いている。
その姿はとてもJCの3年生には見えなかった。
澪「これって、海外遠征の為にあつらえたんですよ!」
「どう?・・似合います?」
典史「似合うも何も・・」
彼は口をぽか~んと開けて、只々その見事な姿に見惚れていた。
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