里菜が小走りで戻ってきたが、里穂の姿が見当たらない。
「里穂はどうした?」
少し心配になり聞いてみると。
「テントの中で爆睡してる・・・それよりも、すごく困ってる人がいるみたい、助けてあげられるかな?」
「すごく困ってるって、どんな感じに?」
「えっとね・・・ええっと・・・テントをうまく立てられないみたい」
「どんな人達だった?」
「カップルって言っていいのかなぁ・・・若い感じの人2人だったよ」
こんな会話でなんとなく状況が予想できた。
予想にすぎないが、キャンプに行こうという話になって、行き当たりばったりでテントなどの道具を買い、
テントを開封して、設営を試みることなくキャンプ場に来たタイプだろうと・・・。
それでカップルとなると、男は女に良いところを見せたいと思っているはずだし闇雲に手伝のも・・・
調理を終えた物を運びながら、様子を見ることにした。
その前に、
「里菜パンツは?」
調理台の下の小さな隙間に押しこむようにしていたパンツを取り出して、里菜がそれを履くのを待った後、
中身いくらか使い、少し軽くなったクーラーボックスを里菜に持たせ、
残り火をシャベルに乗せ片手で持ち、もう片手に調理したばかりの鍋を持ち、
自分達に割り当てられた区画まで歩きながら、里菜のいう困っている人の様子を見た。
里菜の言う通り、確かに困っているようだ。
だが、調理に使った物を炊事場に置いたままにするのは、他に人がいないからと言っても良くないと思い、
もう一度、里菜と2人で炊事場に戻り、残っていた自分達の物を持ち帰った後、
バーベキュー様コンロに入れた火の番を里菜にさせ、4区画程離れたそのカップルのもとに行く。
「お困りでしたら、お手伝いしましょうか?」
大学生か社会人になりたてのカップルだろう。
里菜の言う通り、俺よりかなり若い。
近くに行ってみると、ほぼ俺の予想通りで間違いないようだ。
俺の言葉に男が、
「大丈夫」
まで言うと、女が男の胸辺りを叩き・・・
「お願いできますか、テントって言うんですか、うまく出来なくて」
ざっとテントの種類を見る。
ドーム型の6人用・・・家族向けや小さなグループ向けのテント。
経験上一人で立てられないことは無いが、少し難しいタイプのテントだろう。
空き箱に特価品とあった。
「・・・ふぅ・・・」
思わず溜息が出た。
片付けも手伝わなくてはならないだろう・・・そう思ったからだ。
とにかく、こちらから声をかけ乗りかかった船だから・・・そんな思いを胸にテントの設営を手伝い始めた。
出てくるもの出てくるもの全て真新しい物ばかり、しかも不要なものも多い・・・。
始めてがゆえ、あれもこれもと手を出したのだろうが・・・
正直呆れていた。
それでもテントの設営を終え、雨よけのタープを貼り形ができた頃には、日が暮れ始めていた。
テントを張りながら、失礼ながら準備している食材を盗み見た所、ほとんどがスーパーで買ってきたまま。
下拵えなどされている様子もなかった。
今から調理を始めたとしても・・・他人の事ゆえ気にしても仕方ないのだが・・・
そろそろ・・・そう思っていた時里菜が呼びに来た。
「里穂が起きて、お腹すいたって言ってるよ」
「・・・ん・・・今行く」
若い2人はテントを張っただけで疲れ、どこかゲンナリしているようだ。
そんなときに調理しても良いことが無いのはわかっている。
幸いと言うかなんというか、翌日の昼までの事を考えかなり多めに調理していた。
「もし良かったら、一緒にどうですか?失礼ですが準備している材料を見る限り、調理して食べる頃には夜になると思いますよ」
2人をそんな風に誘うと、顔を見合わせ小さな声で話し合った後、
「すみません、お誘いに甘えさせて下さい」
2人は少し萎縮した感じでそう言ってきた。
「どうぞ、お口に会うか分からないですが」
2人を連れ、自分達の区画に戻ると、里穂がさっと隠れるようにテントに入った。
「すみません、人見知りなもので」
そう言いながら、2人をテーブルにつかせ、調理したカレーをよそい準備する。
テントに隠れるようにしていた里穂も、背に腹は変えられない様で知らない2人を意識しながらも、
テントから出てきて、テーブルにつき5人での少し早い夕食を取った。
食事中男の方に、テントの事から事前の下拵えやマナーやルールに聞かれ、
できるだけ詳しく、1つ1つ答えていた。
食事後、薄く家庭用洗剤を入れた水入りのバケツに使った食器を入れひとまずの片付けを済ませると、
一度自分達のテントに戻った2人が、ワインとジュースを手に戻ってきた。
里菜と里穂はテントの中で、持ってきたゲーム機で遊んでいるのか比較的静かに過ごしている。
2人の馴れ初めや、今までの経緯など聞かされ、そういう話はお腹いっぱいという気分だったが、
他にすることがある訳でもなく、笑顔を絶やさぬように聞いていた。
2人が自分達のテントに戻った後、テントの中を覗くと里菜、里穂ともに心地よさそうに寝息を立てている。
漬け置きにしていた食器を洗い場で洗いテントに戻り、バーベキューコンロの上に載せていたケトルの湯で、
コーヒを入れタープの先に見える星空を眺めていると、
小さいながらも、女の喘ぐ声が聞こえてきた。
「・・・あのカップルか・・・」
風もない静かな夜、川のせせらぎと小さく女の喘ぐ声・・・自然なのか不自然なのか・・・
気にしなければ気にならない心地よさに身を委ねるように、贅沢とも言える時間を・・・。
テントから里菜が出てきた。
「トイレか?」
「うん」
「一人で大丈夫?」
「里穂じゃないもん」
電池式のランタンを手にして、トイレへと行く里菜。
トイレから戻ってくると、畳んであったチェアを俺の隣に広げて置くとそのまま座り、
「なかなか里菜の思うように出来ないね」
何を指して言ってるのか察しはついた。
「そんなもんだろ・・・世の中なんて。みんながみんな思い通りにできたらなんていうのかな、
幸せではあるかもしれないけど、退屈って感じるかもね」
「・・・う~ん・・・よくわかない・・・あっ・・・」
里菜も気がついたようだ、あの小さな声に・・・。
「・・・この小さく聞こえる声って・・・」
「だろうな」
里菜の顔はあえて見なかった。
「・・・もし・・・里穂が来てなかったら・・・私も・・・」
「どうだろうね、少なくても俺が拒否しないのは解ってるだろ?」
「・・・うん・・・」
その後その声を聞こうとしているのか、里菜は黙っていた。
しばらくすると、その声は聞こえなくなり、少しすると・・・
「・・・おじさん・・・私も・・・あんな声だしてるの・・・?」
「出してるよ、もっとかわいい感じだけど」
「・・・そうなんだ・・・」
かなりもじもじしている様子が解る。
「・・・今から・・・したいって言ったら・・・」
「ダメ。里穂一人に出来ないだろ少なくとも今は」
「・・・どうして・・・」
「こっち側には、あのカップルと俺たちだけだけど、向こう側にはどんな人がいるか解らないんだよ?
もし里菜と俺がここ離れた時に、変な人が来たら寝てる里穂はどうするんだ?」
「・・・うん・・・確かに・・・でも・・・」
「でも、少しだけならか?」
「・・・うん・・・」
「その少しだけならが大変な事になるかもしれないんだよ」
少し強い口調で言った。
「・・・ごめんなさい。・・・私寝るね。」
里菜はそう言って、出したチェアを自分で片付けると、テントの中に入っていった。
里菜と身体の関係を持ってからと言うもの、自分の中に大きな葛藤が生じている。
関係を絶ちたいと思っている自分。
里菜を自分の思い通りに抱き、自分の理想像に近づけたいと思う自分。
どちらも自分の本心だ。
この2泊3日のキャンプ中にどちらに大きく傾く気がしてならない。
抑制という意味では、里穂が来てくれてよかった。
だが、何か1つの壁のような物が崩れた時、里穂が来てくれたことが裏目になるかもしれない・・・
そんな事を考えていた。
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