シンドウも捜一の課長が異例の出世をしたのは知っていた。
目の前の刑事がいうように、彼はたいした功績もないまま課長まで一気に昇進して駆け上がったのだ。
当時は、所轄の七不思議といわれるほどに奇妙な人事だった。
だが、裏にそんな事情があったのなら頷ける。
しかし、それを知っているということは・・。
シンドウは、刑事の顔をじっと見た。
目があって、刑事のほうもシンドウが何を考えているのかわかったらしい。
「ご想像の通りさ。
俺も人様に胸はれる仕事なんかしちゃいねえよ。
野郎の手先になってお先棒を担いだこともあるさ。
デカの給料なんざキツい割りには見合ったもんはもらえねえからな。
ちょっとぐらい小遣いでも稼がなきゃ、育ち盛りのガキどもを食わせられなかったんだ。」
揉み消した事件の詳細を知っているということは、この刑事とその課長の間には何らかの結びつきがあるということだ。
でなければ、表に出るはずのない秘密をこいつが知っているはずがない。
「なんで俺に話す気になった?」
シンドウの瞳は刑事に向けられたままだった。
「ああ?なんでだろうな?だがよ、ついこの間、うちの娘が孫を産んだんだ。」
「アンタ、爺ちゃんかよ?」
まだ五十にもなっていないような刑事の顔だった。
「おお、親に似て気の早ええ娘でな、いつの間にか男とくっついちまって子供まで産みやがった。」
刑事は自重するように笑っていた。
「これが女の子なんだがな、まったく・・なんていうか、その・・可愛いんだ。俺が抱いてやるとな・・笑うんだよ・・。嬉しそうに笑うんだ。
それでな、その孫を眺めていたら、俺みたいなクソったれでも人並みなことを思うわけさ。幸せになってくれよ・・ってな。」
シンドウには、目の前の男が孫を抱いている姿が容易に想像できた。
男が嬉しそうに笑っていたからだ。
「ホテルであの娘が赤ん坊を抱いているのを見て、すぐに孫を思い出した。トランクの中身を見て想像はついたが、あんなところに赤ん坊が居ていいわけがねえ。あれが俺の孫だったらと思ったらぞっとしたね・・」
「それで?」
「それで・・って別にそれだけだよ。」
「俺たちをわざわざ迎えに来たのはそれが理由か?」
「ああ?」
「あんた、あの赤ん坊を早く保護したかったんだろ?だから、わざわざ下りてきて、俺たちが来るのをずっと待っていた・・・」
「・・・・・」
「あの赤ん坊に、孫の顔が重なったか?」
「どうにもな・・・」
「それで、あんたはどうしたいんだ?」
この男の思惑が大筋読めてきた。
向こうにもシンドウの性格はわかっていたらしく、駆け引きはなかった。
「ガイシャの野郎は、4歳の娘に突っ込むようなクソ変態野郎だ。
今回にしたって、あの野郎は赤ん坊にも何かしようとしたに違いねえんだ。
余罪だって追及したら、おそらく出てくるだろう。
そんなイカれた変態野郎を野放しにしていいわけがねえ。
今度こそ、あのガキをムショに送り込んでやる。
ついでにあのクソ課長も引きずり落としてやる。」
「そのクソ課長から、また横やりでも入ったのかい?」
「けっ、わかってんなら聞くんじゃねえよ。
ガイシャのガキにお咎めがいかねえように通り魔的な犯行にしちまえとさ。
錯乱した娘が一方的に襲った。あの異常な状況じゃ、それでも通用しちまいそうだからな。
とにかく適当に調書を挙げて、さっさとこの事件に幕を引けってのがあのクソ野郎からの指示だ。」
容易に想像はついた。
実質的には課長からの指示だが、その後ろには、また代議士の親がいるに違いない。
「じゃあ、少女売春も追わないことになるのか?」
事件の実態をあきらかにできないなら、売春の事実も葬られる。
「そういうこった・・。」
「他にも裏がありそうでクサいな・・・」
「ああ、プンプンしてらあ・・・」
「で、それが気に入らないアンタは幕を引く代わりに弓を引くことにしたと・・。そういうことか?」
「ああ。」
「アンタ自身も泥を被ることになるかもしれんぜ。」
「なあに、そのほうが孫も喜ぶ。」
刑事は笑った。
「そのためには、あの娘の証言が必要だし、身元をはっきりさせなきゃならねえ。後ろにはもっとデカい山が転がっているかもしれねえしな。」
「もしかしたら、その代議士とやらがまた出てきて立ちはだかるかもしれねえぞ。」
「望むところさ。邪魔をする奴らはみんなまとめてブチ込んでやる。とにかくお前はあの娘から何かしらの証言を引き出せ。俺は、ガイシャの線から裏を追ってみる。」
「ずいぶんと正義の味方になったじゃないか?」
「バカやろう。俺は元々正義感が強いんだ。だがな、このクソ警察に長く足を突っ込んでるうちに、ほんとの正義がわからなくなっちまった。それだけだ・・。」
「迷ったわけかい?」
「恥ずかしいこったがな。だが、もう迷わねえよ。孫が道を教えてくれた。」
「ミルクでも買ってやんな。」
「ああ、そうするわ。とにかくこっちがわかったことは全部教えてやるから、お前も何かわかったら、すぐに俺に話せ。共同戦線だ。」
「ああ、わかった。」
「じゃあ、もう行くわ。」
「ああ・・っと、あんた名前は?」
「ミコシバだ。」
「似合わねえ名前だな。」
シンドウは笑った。
「ぬかせ。あんた、少年課のシンドウだろ?」
「知ってんのかい?」
「今、売り出し中のホープさんだからな。うちのクソ課長が褒めてたぜ。正義感が強くて、やたらと正論ばかり吐く。いけ好かねえ野郎だから、そのうち潰してやるとな。」
「覚えもめでたくてありがたいこった。」
「とにかく気を付けな。ここは魑魅魍魎が巣くう魔窟だ。油断してると足元すくわれるぞ。」
「覚えておこう・・・。」
「ああ、忘れんな・・、じゃあ、他に用事がねえなら行くぜ。」
「ああ、その前にもうひとつ聞かせてもらいたいことがあるんだ。」
「なんだ?」
「あんた、あの娘と赤ん坊が姉妹かもしれねえ、っていったよな?」
「ああ、そうだが・・それがどうした?」
「姉妹じゃなく親子・・。そう考えたら、どんな答えが出てくる?」
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