――第39話――
「バカヤロー!!てめえらっ!何考えてやがるんだっ!」
いきなり夜空の下に響きわたった怒号。
「だから、途中で捨てろって、いったじゃねえか・・」
目的地すぐ傍にあるバチンコ屋の駐車場の中だった。
「オメエだって、もったいねえって、いってたろう・・」
時間は、ちょうど深夜になる頃で、辺りに車の影は一台もない・・・。
「なんなんだ、そりゃ?・・・。」
トリヤマが、ハマーH3の後部ドアを開けた途端に鼻を突いた生臭い匂い。
愁傷に顔を俯かせるタンとハツの膝の上で、丸い尻を剥き出しにして横たわっていた小さな女の子。
髪までべっとりと精液で濡らし、白に汚れきった小柄な身体は、死んだように動かなかった。
うつ伏せにされたまま、かすかに上下していた薄い背中。
「どっから拾ってきやがった!」
車を停めてからも、なかなか降りてこないのを訝しんで、ドアを開けてみればこの様だ。
「えっと・・1回目のパーキングで停まったときに、チョロチョロっと・・」
タンが頭を掻きながら答えた。
「1回目だとぉ・・」
1回目と言えば、およそ6時間前になる。
トリヤマの顔がすぐに引きつった。
「こ、この・・・バカヤローっ!!!」
なんてこった・・・。
6時間も前に拐かしたのなら、おそらく高速道路上に設置されたNシステムは、すでに捜索を開始している。
もしかしたら車両の特定もされて緊急配備もかけられているかもしれねえ。
とにかく帰りは高速を使えなくなった。
使えないだけならまだしも、高速を下りたインターまで特定されていたら、騒ぎを起こす時間も限られてくる。
アホだとは思っていたが、ここまでアホとは思わなかった。
いったい、オジキになんていえばいいんだ・・。
「どうしたトリ・・・でけえ声を出して・・」
言い訳を考える暇もなく、背中に立っていた。
「いや・・それが・・・」
口ごもるトリヤマの肩を押しのけて、和磨がハマーの後部座席に顔を突っ込んでいく。
「おお、だいぶ派手にやってるじゃねえか・・・。」
声に怒りはなかった。
「ヘヘ・・いや・・その・・」
「お楽しみのところ悪いが、ちょっと降りてこいよ・・」
タンとハツが顔を見合わせる。
ふたりは、いわれた通り車を降りて、和磨の前に立った。
「事務所を出るとき、トリはなんて言った?」
しょうがねえなといった顔をしながら、和磨は俯きかげんに笑っている。
「え・・・と・」
答える前に、鋭い蹴りがタンの腹にめり込んだ。
「おごぅっ!!」
「お前ら、耳はねえのか?・・」
今度は、千切れるほどにハツの耳が捻りあげられる。
「すっ、すんませんっ!!オヤジさん!!」
容赦のない蹴りはハツの腹にもめり込み、二人が悶絶して倒れると、とばっちりは箕田にも向かった。
「ミノ・・」
「へい・・」
「知ってて教えなかったテメエが一番悪い・・」
「へい。」
和磨の声に怒気はない。
それだけに不気味だった。
箕田は愁傷に俯き、両手を後ろに結んで、立った。
一見すれば、その姿はヤキを入れられるのを待っているかのように見える。
だが、隙はなかった。
和磨は薄く笑った。
こいつだけは、どこか違う。
とっくに気付いていた。
「反省は、これからの働きで返してもらう・・」
「へい・・。」
それだけをいって、和磨は箕田に背を向けた。
地べたに転がっているタンとハツを見下ろしながら、つま先でふたりの頭を軽く小突いた。
「いいか、よく聞け・・。さっそく、これからテメエらに一働きしてもらう。中身は簡単な仕事だ。ガキと女をかっさらってくる。それだけだ。オメエらには得意な仕事だろ?」
タンとハツは、ガキの頃から連む極悪コンビだ。
悪さばかり繰り返してきた挙げ句に人さらいのプロになった。
「荒事じゃねえ。粛々とやるんだ。粛々ってわかるか?こっそりやれってことだ。部屋に入るのはタンとハツ、オメエら二人だ。邪魔はいねえと思うが万一に備えてミノは後衛に回れ。俺とトリは車の中で待ってる。ドジ踏むんじゃねえぞ・・・。これ以上手間掛けさせやがったらテメエらほんとに殺すからな・・。」
淡々としゃべっているだけに恐ろしさは倍増した。
タンとハツは、歪んだ顔で和磨を見上げながら、何度も頷いた。
「こっからすぐそこのアパートだ。そこの2階にツグミとガキはいる。鍵の心配はねえ。どこに隠してあるかはわかってる。こっそりと忍び込んで素早くさらってこい・・・いいな?。」
目の前に立っていたのは人間の姿をしたティラノサウルス。
「俺は待ってるあいだ、お前らが連れてきた玩具で遊ばせてもらうことにするわ。いつまでも寝てねえで、さっさと起きろ。行くぞ・・」
言い終えて、和磨はハマーの中に顔を突っ込んだ。
後部座席に横たわっている少女を引っ張り出した。
「トリ・・あとはオメエが仕切れ・・・」
「へい・・。」
取りあえず新しい玩具があって助かった。
肩に少女を担いで和磨がベンツに戻っていく。
あの玩具がなければ、和磨の怒りは、トリヤマにも向かっていたことだろう。
転がっていたふたりが、のそのそと立ち上がる。
なんにせよ、このバカどものおかげで、時間はそれほどありそうにない。
「テメエら、今度勝手な真似なんかしやがったら、オジキの前に俺が殺すからな・・・」
ようやく立ち上がったタンとハツにトリヤマがすごんだ。
「それとな、ツグミをさらったらオジキの車に乗せろ。ガキはお前らのほうに乗せるが絶対に手なんか付けるんじゃねえぞ。ガキの初モノを食うのはオジキと決まってんだ、楽しみにしてるんだから、ちょっとでも手なんか付けたら、テメエ等なぶり殺しどころじゃ済まねえからな。それを忘れんな。」
万が一、女どもに手を付けたりしたら、今度こそ間違いなくこのふたりは消される。
「まったくバカどもが、手間ばっかりかけさせやがって・・・」
「すんません・・・」
しおらしく頭を下げる二人の足元につばを吐き、トリヤマは忌々しそうにベンツに戻った。
車内に顔を入れると、早速、和磨は後部座席で新しい玩具を弄んでいる。
「なかなか器量はいいな・・」
小さな頭を鷲掴みにしてじっくりと眺めた後、舌を長く伸ばして、まだ意識の戻らぬ少女の口を犯しにかかった。
いずれこのガキもオジキの傀儡にされる。
幸福だった過去も忘れて、ひたすらオジキを欲しがるだけの牝犬にされるのだ。
あのツグミのように・・。
ルームミラーで後部座席を確かめてから、トリヤマはベンツのキーを回した。
エンジンに火が入り、重厚なノイズが漆黒の闇に響きわたる。
さて、行くかい・。
すぐ、お迎えにいってやるからな・・。
待ってろよ、ツグミ・・・。
男たちの欲望を乗せた2台の車が最後の目的地を目指して、ゆっくりと動き出した。
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