アベちゃんが、ワンワンと泣いて、泣きやむのを待って部屋を出たが、助手席でもしくしくと泣き、帰りの車の中はすすり泣く声だけが満たされていた。
送り届けて、車から降りる時に 小さく
「ありがとうございます」
と言ってアベちゃんは帰って行った。
アパートに着くと相変わらず廊下でアル中が寝ている。上半身は裸で痩せた体に腹だけが太っている。
俺に気づくと フラフラと近寄り
「兄ちゃん。酒ないか~」
と臭い息を吹き掛けてくる。
軽く突き放すとアル中はヨロヨロと後ろへ倒れていき、何やらやかましい音をたて、うるさい声で叫んでいたが、ドアを閉め
「ただいま」
と声をかけテレビの前に行き、しばらく眺めてた。
いつもと変わらぬ笑顔が、そこにはある。
いつもと変わらぬ瞳で見詰めている。
俺は口づけ、布団に入り寝る事だけを考え、やがて夢を見た。
バイクの前方で女の子が手を振り笑っている。
だんだんと輪郭がハッキリしてくる。懐かしい思いだけが甦り、涙が出てくる。
けど、顔が…思い出せない……
町が紅葉し、木枯らしが吹き、赤い服が町を歩き、雪が降ってきた。
あれからアベちゃんは店には来ず、メールも来なかった。
廊下のアル中にノンアルコールビールをやり、ソリの音が消え日付が変わった。
俺はケーキのロウソクに火を点け 暗闇の中 メザシをかじり続けた。
年が明け、正月は忙しく仕事に追われる。
正月の何日か忙しい時間帯だけアベちゃんも手伝いに来たが、忙しく動き回り帰って行った。
その日以来 アベちゃんは来なかった。
あの日からメールは無かった。
なのに3月に入ってから、メールが届いた。
東京の大学に行くと書いてあり、最後に一度だけドライブしたいと書いてあった。
メールは返さなかったが、何度かメールが届き
ダメですか? と送ってくる。
俺はメールを返せなかった。
パートのオバチャンが
「今日は卒業式ね」
と言う。
店の中には、卒業証書を持った学生と親の姿ばかりで賑わっている。
「そうなんですか?」
と答え、後は仕事に戻り時間まで働き続けた。
今日は最後まで残らず早い時間にあがれる。
「お先です」
と店長に声をかけ店を出て、最近また疼き出した足を引きずり歩いて行くと、信号の向こうでアベちゃんが俺を待っていたように見詰めていた。
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