アベちゃんとたまにドライブするようになった。
ほとんど仕事漬けの毎日だから本当に、たまに。
仕事場では特に話さない。話しても仕事上の会話だけで、無駄話もしない。他の従業員と同じ笑顔を向けて帰って行く。
助手席に乗ると、よく喋りよく笑う。仕事の事は何も話さず、無駄話ばかりしている。
車に乗ると人が変わるタイプのようだ……
そして よく質問する。
「好きな女優は?」「好きな歌は?」「好きな本は?」
いくつも質問してくる。嘘はつかないが、適当に答えていく。
アベちゃんも自分はどうだとか言ってるが、その後の無駄話の方が面白い。
「初恋は?」「理想のタイプは?」
俺は
「忘れた」
と答える。
アベちゃんも この辺の答えは
「秘密」
らしい。
いつもニッコリ笑って帰って行くのに、あの日は違った。
「いつも家で何してるんですか?」
「帰って寝る。それだけだ」
アベちゃんは真顔で怒って言う。
「ちゃんと1つ1つ言って下さい!」
「ドアを開けたら、ただいま と言う」
アベちゃんは俺を見た。
「手と顔を洗い、テレビの前で口づけしてから、飯食ったり風呂入ったりしたら寝る。起きたら顔と歯を磨いて、行ってくるよ と言って仕事に行く」
アベちゃんは
「えっ?」
と言ったまま、しばらく黙っていたが
「結婚…してるんですか?……独身だって聞いてました…」
俺は
「着いたよ」
と言って車を降り、しばらくアベちゃんと二人で海を眺めていた。
それからアベちゃんは帰るまで助手席で静かに外を見ていて何も話さなかった。
アベちゃんを送り、アパートのドアノブに手をかけて横に目をやると薄暗い廊下に隣のアル中が寝ている。
「おい、風邪ひくぞ」
と起こしてやるが、訳のわからない返事だけして起きようとしない。
いつも こうだが朝には姿が見えないから、途中で部屋に戻っているのだろう。
俺はドアを開け
「ただいま」
と声をかけ、手と顔を洗いテレビの前で口づけた。
「結婚してるのか?と言われたよ」
そう言ってから風呂に入って寝た。
アベちゃんは、いつもと変わらず仕事をこなし、笑顔を向けて帰って行くが、しばらくドライブのお誘いは来なかった。
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