マリア 《転》
一台のバイクが走っている。その前に突然、フワッと浮かび上がるように女の子が現れた。バイクは女の子を真っ直ぐ見据えスピードを緩めず突っ込んで行く。女の子はバイクに向かって、笑いながら手を振っている。
また夢を見た。
女の子の顔は、ぼやけて見えてないのに 知っている。
とても懐かしい顔だ。
でも いつまでたっても顔は、ぼやけたままで思い出せない。
「行ってくるよ」
そう告げて仕事へ向かう。この町に来て、もう10年になる。雪がよく降る町だ。滑らないように気をつけながら、足を引き摺り歩く。近くの飲食店に入り、開店の準備に取りかかる。ほどなくしてパートのオバチャンも来て、仕込みと掃除をこなしていく。
「主任、いつも早いわねぇ」
「暇で、やる事ないですから」
足が悪く、愛想もない俺を雇い 最初は邪魔者扱いだったが、毎日 朝から晩まで働き、休みの日でも人が足りないと文句も言わず出勤し、高校生と変わらぬ時給で通い続ける俺は、やがて重宝され、長く続けてるというだけで店の事をほとんど覚え、俺より若い店長は主任という役職を無理矢理つけ、何十円か時給を上げてくれた。
それでも高校生とさほど時給は変わらず、やってる事は、ほとんど同じだ。
俺はそれで別に良かった。何もする事はなく、何もする気もない。
開店10分前に準備を済ませた頃に店長が来て、そして店を開ける。
昼前頃から忙しくなり、昼時にはドカドカと客が押し寄せ、他のバイト達と仕事に追われる。
合間に出前も行き、14時を回った頃から片付けを始め15時には一通り終わり、パートのオバチャンやバイト達が帰って行く。
俺と店長は、時折入ってくる客に対応しながら夕方の仕込みを始める。
夕方になり またバイト達が来て、夜の忙しい時間帯が過ぎ、24時に店を閉め片付けをして夜中の1時にはアパートへ帰る。
ドアを開け
「ただいま」
と声をかけ、手と顔を洗い テレビの前で口づけて眠る。
それが俺の1日で、たまに休みの日には、ずっと寝ている。
そんな日々を変わらず続けてきた。
この先も、変わらず続いていく。
ただ それだけだ。
「行ってくるよ」
そう告げて、今日も俺は仕事に向かう。
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