「だ、大丈夫だよ、由希ちゃん、可愛いし、頭いいし」
「たっくんが見たー」
「・・・う、うん」
「たっくんに見られたー」
「・・・びっくりしたなーもう」
「あーーーーん!責任とってー!」
「責任!?」
生まれて初めて責任を問われた瞬間だった!
「せ、せ、責任って、ど、ど、どうやって」
「お嫁さんにして」
「は!?」
「私を、たっくんのお嫁さんにして」
泣き顔で睨むという俺殺しの表情はこの時完成したんだろうな。
威圧されていたって訳でもないし、もともと由希子のことは尊敬してたし好きだったし、俺は内心喜んでいた。
「いいの?え?でででででも、え?本気にしていい話?」
「冗談で求婚しません!」
「え?ヒヤシンス?」
「冗談で結婚してなんて言いません!」
「あ、ああ、ありがとう」
これは恥ずかしかった。この時の俺の知識では、キュウコンといえばヒヤシンスだった。言い直した由希子の眉毛がピクっとなってたし。ちょっとびびったし。
「してくれるならもう泣かない。ホーコも殺さないし屋上から飛び降りもしない」
そんな計画があったんですか!由希子さん、怖すぎますって!
「わかった、責任をとる」
「え?」
「しよう!結婚!」
「ほ、本当?」
「本当だよ。由希子!俺の嫁さんになれ!」
「イーエッサー!」
婚約成立の瞬間だった。この時の由希子の顔は忘れない。海兵かと思った。普通、そこは『はい』とか言うもんだろうに。
俺は立ち上がり、由希子の手を握った。由希子も立ち上がり、見つめあう。やっぱり恥ずかしいんで手は離した。
「へへっ」
「えへへ」
「へへへへへ」
「ふふふふふ」
照れながら笑いあう。くすぐったくて、心地よかった。
「由希子」
「たっくん」
「パンツ、脱げてるぞ」
水色のショーツが脱げたままだった。由希子は照れながらも堂々とその場でショーツを上げてスカートをはたき、
「お粗末さまでした」
と言った。
その時、ふと気がついた。
ホーコが壊れたオモチャから復帰して、呆けたように俺たちを見ていたのだ。それはそれで見た事のない表情だった。
「ホーコ、俺、由希子と結婚するわ」
「うん、見てた」
「ホーコ、ありがとう、たっくん、私をもらってくれるって☆」
「うん、見てた」
数秒して、
「へぎゅぅっ!」
と変な声をあげて顔をゆがめて上体をぐるぐる揺らしたあとに床に頭突きした。
「へへ、へへ、へへ、へへ」
「また壊れた」
「べべ、べべ、べべ、べべ」
頽れたホーコは、ぶつぶつ呟いて動こうとしなかった。
「なんか腹減ったな」
「そうだね」
「よし、山金行こうぜ!お好み焼きおごるよ!」
山金とは近所の食料品店で、そこのおばちゃんが子供向けに安いお好み焼きを焼いてくれるのだ。具は少ないんだけど、美味いんだなーこれが。
「やったー、ほら、ホーコも行こうよ」
「・・・ダウソダウソダウソダウソダウソダ」
床におでこを付けたまま、まだ何かぶつぶつ言ってるホーコは当分動きそうもなかった。
「じゃ、二人で行くか」
「うん♪」
「ははは!もたもたしてると置いてくぞ~」
「あーん、たっくん待ってよ~」
ずでーん
「いったーい」
「馬鹿だなぁ、慌てるからだよ」
「だってぇ、たっくんが~」
「立てるか?」
「うん・・・あ痛っ!」
「ほら、乗れ」
「え?」
「おんぶしてやるから」
「え、うん」
「さ、行くぞー」
「あん、落ちる~」
「もっとしがみつけよ」
「はーい、ギュ!」
「あはは!コイツ~」
タッタッタッタッタッタッタ・・・・・・・・
「嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、嘘だ、うううぅぅ」
山金から戻ると、ホーコはいなかった。その代り、部屋がめちゃくちゃになっていた。
「なんだこれは・・・」
「ひどいねぇ・・・」
ホーコがいた場所に大きな水たまりまでできていた。
「うわ!ホーコの奴もらしやがった」
「これもひどいねぇ・・・」
俺は仕方なく鼻をつまんで処理したのだった。
由希子は嫌な顔ひとつせずにせっせと後始末に励んでくれたのだけど、その理由を俺は知っていた。
「おもらしだよ」
「おもらしだねぇ」
「ふふふっ」
「えへへっ」
「いーっひっひっひ」
「バカっ」
この一件の後、ホーコは引きこもってしまって大変だった。何度行っても会ってもらえず、ほとほと手を焼いたのだけど、それを涙ぐましい努力で引き戻したのも由希子だった。だから結局、この二人は腹心の友というか、本当に仲が良かったんだと思う。
由希子が死んだ時、ホーコが半狂乱になったのも無理からぬところだった。見てられないとはあのことで、本当に気が狂ってしまったのではないかと誰もが心配した。だが、本来なら由希子の両親や俺や裕未が半狂乱になってもおかしくなかった状況を思えば、ホーコのおかげで俺たちが正気を失わずに済んだと言えるのだ。
火葬場で一緒に棺桶に入るといって聞かなかったホーコの憔悴した姿は、今でも瞼に焼き付いている。
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