ぱっと顔を上げた由希子の表情は、俺の予想を裏切り、赤かった頬も、涙も、表情も消えて、光彩の無い目と相まって死んだようになっていた。こんな顔の由希子は見たことなくてヤバイと思ったんだけど、ホーコは愚かにもそんな由希子に食って掛かった。
「何よ、まだやる気!」
「柿畑穂子、あなたは自分が何をしたのか分かっているのですか」
冷静で、ゆっくりとした口調。普段の由希子らしからぬ低くよく響く声は、問答無用の迫力に満ちていた。
「な、何よ」ここで一瞬怯んでしまったホーコに最早勝ち目はなかったのかもしれない。まるでドラマに出てくる弁護士のような由希子の口調は、まだ幼かった俺やホーコには冷たく恐ろしいものだった。
「さっき、あなたは私の下半身を、私の同意を得ずに強制的に露出させ人目に曝すという行為に及びましたが、何が目的だったのか端的に述べなさい」
「目的も何も、ムカついたんだよ!」
「ムカついた。腹が立った。つまり、自分勝手な一時的な感情に任せ、その腹いせに私をねじ伏せ、辱め、敗者にしようと、した」
「ああ、そーだよ」
「それによって、私は、女としての恥じらい、誇り、未来、友愛の全てを失いました。いいえ、奪われたのです。それらは皆、一度奪われれば二度と戻らないものばかりです。3人の関係に、3人の未来に、修復不可能な溝を刻んだのですよ!あなたはっ!」
と、まあこんな調子で、ホーコの言動の矛盾と乱暴を働くことの無意味さを、これでもかと責め立てるのだから、最初は抵抗を示したホーコもすぐに黙ってしまい、見る見るうちに顔を青くして戦意喪失してしまった。
それから由希子は犯罪を例に持ち出して『奪われた命とその家族』の話をかましたもんだから、ホーコはオイオイ泣き出してしまい、それでも止めない由希子の弁論は、ついには世界の平和が実現しない責任までもホーコに背負わせてしまうという恐ろしい結末に到着し、幕を閉じたのだった。
泣きじゃくりながらゴメンナサイゴメンナサイを繰り返すホーコが壊れたオモチャみたいで怖かったのだけど、そんなホーコを余所目に、由希子は俺の方を向いた。
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