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トイレに行って帰ってくるまでに三十分も四十分もかかるのは、どう考えても変だ。みんなにどうやって言い訳しようか悩んでも悩んでも、健太郎の脳ミソは何ひとつ答えを出してくれない。
「どうしよう……」
そうこうしてるうちにカウンターの前をぼんやりと通り、新聞を囲む仲間の元へと帰還した。いちばん最初に彼に気づいたのは萌恵だ。
「ボッチくん、早かったね」
「え?」
唖然とする健太郎。俺、早かったの──?
「速いのは走るときだけかと思った」
と博士も付け足す。
この変てこりんな現象は何だ。みんなして俺をからかっているのか、それとも本当に時間がどうにかなっちゃったのか。訳わかんないよ──。
とにかく席に着いて輪に加わった。身体はここにあるのに、心だけはあの部屋に置きっぱなしのままで、口は金魚みたいにずっと半開きだし、人の話は上の空。
「おい、ボッチ、ちゃんと聞いてる?」
「うん、聞いてる」
みんなが新聞デビューしてるうちに、俺はあんなことをデビューしちゃったもんな。やばい。またドキドキしてきた。今日、眠れるかな──。
そうやって遥香との濃密な記憶が頭から離れないまま、持ち寄った夏休みの宿題をちびちび進めて、正午過ぎには解散となった。
*
「せっかく誘いに来てくれたのに、ごめんなさいね。夕べ遅くに、急に熱を出しちゃってね」
夏休みの二日目、榎本家の玄関先で健太郎の母親と話す三人がいた。博士と理人と萌恵だ。
「夏風邪でもひいたんだと思う。だからまた治ってから誘ってあげてね」
病気で学校を休だことがない健太郎だけに、美人の母親の表情もさすがに曇って見える。
事情はよくわかった。仕方がないので、健太郎を除いた三人だけで図書館を目指すことにした。
そこは真夏のオアシス。
「白熊って、こんな気分なのかなあ」
「ペンギンに生まれたかったあ」
「私、熱帯魚のお姫様がいい」
それぞれの感想を深々と述べたあとで、昨日の勉強会のつづきがはじまった。と言っても新聞の記事はやはり退屈なものばかりで、大威張りで社長になると宣言したものの、テレビ欄を見ているうちは進学だって危うい。
「ボッチのやつ、どうしちゃったのかな」
「いきなり新聞なんて読んだもんだから、おかしな熱が出たんだよ」
「頭の中まで筋肉モリモリだもんな」
そんな噂話で時間を潰していると、
「トイレに行ってこようかなあ」
と博士が独り言を言い出す。
「漏らす前に行ってこいよ」
「声、でかいって」
虫を追い払うように手であおぐ理人に背を向けて、博士は駆け足でドアをくぐって行った。
トイレはすぐに見つかった。洗った手を適当にズボンで拭いながら廊下に出ると、ちょうど女子トイレからも人が出てくるところだった。
あの人だ──と博士が思うのと同時に、
「こんにちは」
とその女性は笑顔で挨拶をくれた。
「こ……こんにちは」
「きみは確か、ハカセくんだっけ?」
「そうだけど、なんで知ってるの?」
「ボッチくんから聞いたんだよ」
「え?」
博士少年は普通に驚いた。このお姉さんの言ってることが本当なら、健太郎とはどういう知り合いなのか。遠い親戚、友達の友達、そのあたりが妥当な線だろう。
「お姉さんね、この図書館で働いてるんだ。ほら」
と見せた名札には『今井遥香』とある。
これがこの人の名前なんだ。遥香……いい名前だなあ。昨日とはまた違う花の匂いがするし、大人だし、きっと物凄くモテるんだろうな──。
「博士くんにお願いがあるんだけど、聞いてくれる?」
「はい!」
予想していなかった展開に不意打ちを喰らって、博士は軽い金縛りに遭ってしまった。
「ちょっぴり恥ずかしいお願いだから、あっちの部屋でお姉さんと二人きりになろっか?」
すると博士の返事も待たずにその手を引いて、遥香が向かったその先には、ひっそりと佇む書庫の扉があった。
部屋に入り、施錠する。他言無用の口約束を交わした二人は、古本の匂いが立ち込める密室の中で、息もできないほどの緊張と期待に胸を詰まらせていた。
「きみぐらいの年頃の男の子って、女の子の身体に興味とかあるのかな?」
ギクリ、と博士の顔が強張る。
「やっぱりあるんだね」
「べつに……。まだ小学生だし……」
「そっか。それじゃあ、こっちはどうかな」
と、もてあそぶような目を博士に向けてから、遥香は自分の着衣に指をかけて、色っぽく呼吸した。
「うくん……はああ……」
そこからじゅうぶん過ぎるくらい時間をかけて、一枚、また一枚、身に纏ったものを脱いで肌を晒していく。
あとに残ったのは、白桃みたいに薄い皮膚を『下着』というおしゃれ着でデコレーションした、今井遥香そのままの姿だった。
「いまだけ特別、博士くんが触りたいところ、どこでも触っていいよ」
そんなこと急に言われても困る──と言うつもりだったのに、舌がもつれるというよりは、頭脳がもつれて拒否できない博士。
かろうじて動く目だけを遥香に向けていると、どうしてもブラジャーやショーツが視界に入るし、その生地の向こう側にある大人の領域に踏み込みたくなる。
「男の子でしょ?」
遥香が諭す。
「私だってすごく恥ずかしいんだから、きみも少しだけ背伸びしてみたらいいじゃん。ね?」
そう言って顔の角度を右に傾けながら、吐息のかかる距離まで迫って、博士を胸に抱き寄せた。
あ、俺のメガネが──。
落下物が床に落ちる音がして、博士はしばらくのあいだそのままの姿勢で過ごした。
自分のほっぺたを両側から押し潰しているものが何なのか、考えただけでズボンの中のものが固くなってくるのがわかる。
やばい、あそこが痛い──。
「右がいい?それとも左?」
と遥香が囁いた。
博士は胸から顔を上げて、どういう意味かと首を傾げる。メガネがないので、遥香の表情を読むことも難しい。
「お姉さんのおっぱい、片方だけ見せてあげる」
確かにそう聞こえた。博士は右のカップを見つめて、なぜだか正座をする。
瞬きしちゃダメだ。俺は今日一日だけ大人になるんだ──。
遥香がブラジャーのホックを外して、肩からストラップを抜いていく。胸の前でクロスさせている両手から力が抜けると、色柄ものの下着がはらりと剥けて、片方の乳房が露出した。
その中心で恥ずかしそうにしている乳首はどこよりも色が濃く、フルーツポンチに乗っかったさくらんぼみたいに丸くて紅い。
眼が点になるとはまさにこのこと。
「はい、これ」
と遥香はメガネを拾い上げて、博士の耳にかけてあげる。
「おお!」
思わず声がひっくり返る博士。目の前には可愛いお姉さんのおっぱいがあるわけで、肉感とか色の分布とか、うっすらと浮き出た血管まで見え見えの丸見えだ。
博士がそこに手をかざすと、遥香はオーケーサインの微笑を返す。
ママのおっぱいを求める赤ちゃんではないけれど、なにをどうしたらいいのか経験がないので、とりあえず両手で触ってみた。さすって、押して、揉んで、感触を記憶するために夢中で指を動かす。
「あんまり触りすぎると、お姉さん、エッチな気分になっちゃうから」
うっとりした声で囁く遥香に、もっともっとエッチになって欲しくて、こちらを向いている紅い突起物を指で転がしてみた。
くにゃり。
「やん……」
せつない快感が遥香をおそう。
「その調子だよ……」
そう言われた博士本人は、いつものいたずら心に火が着いて、クラスの女子をからかう要領で遥香のショーツを引っ張った。生地が伸びて、お尻の半分がそこからのぞいている。
「そっちはまだダメ」
「こっちも見るの」
「お願いだから待って」
「待てない」
遥香の抵抗むなしく、ショーツは持ち主の身体から抜き取られてしまった。
咄嗟にぺたんこ座りをして陰部を隠す。いつの間にか左右のおっぱい二つともが博士の目に映っていた。
採点するとしたら『百おっぱい』、いや『一万おっぱい』くらいいってるだろう。つきたてのお餅って確かこんなだったような気がする──。
「お姉さんのおっぱいって、中に餡こが入ってるみたいだね」
と冗談を言ってみたら、
「え、いま何て言ったの?」
と逆に聞き返されてしまった。
「だから、中に餡こが……」
「ああ、『アンコ』ね。びっくりした。『オマンコ』って聞こえちゃった」
「オマンコ?」
「まだわかんないか。ええとね、女の子のあそこのことを『オマンコ』って言うんだよ」
「変なの」
遥香は、ふふっと含み笑いをして、
「ハカセくん可愛いから、私のオマンコ触らせてあげる」
と体育座りの姿勢になるように膝を抱える。
*
つづく
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