――第51話――
「タカっ!乗れ!!」
え?
「急げっ!!」
切羽詰まったシゲさんの顔。
え?
え・・・?
ええっ!!!?
またお預けかよ!!
いつになったら、お前はオレの手許に帰ってくるんだ!!!
慌ててシノちゃんの軽自動車に駆け戻った。
「どうしたのシゲさん!?」
ドアを閉めるなり、シゲさんに訊ねる。
かつて見たことがないほど、シゲさんは真剣なまなざしでオレをにらんできた。
「奴らが動き出した・・。」
へ?やつら?
やつらって、まさか・・・ええっ!!!!!!
「タカのアパートまで、どれくらい掛かる?」
シノちゃんに聞いていた。
「1時間・・くらいかしら。」
「10分で行け・・。」
じゅ、10分って・・・そりゃ、無理・・。
「はい・・・。」
え?はい?
はい、って・・シノちゃん?・・・。
おわっ!!
シノちゃんが急にアクセルを踏み込んだ。
キュキュキュっと、タイヤが激しく鳴ったと思ったら、車体が沈んでいきなり背中がバックシートにへばりつく。
あれよあれよという間に車がすごい加速で走りだした。
シ、シノちゃん?・・・。
「裏道を通りますね。市街地は検問でスピードを出すのが難しいですから。」
「ああ、頼む。」
シゲさんが答えると同時に、いきなり急ハンドルが切られて身体が宙に浮いた。
うわぁ!まだシートベルトしてねえ!!
車体のケツが流れて視界が真横にスライドしていく。
ド、ドリフトだぁ?・・・。
車は直角に曲がり、国道を外れて住宅地の細道へ入っていった。
車一台分ほどの幅しかない細い路地を、シノちゃんはものすごい速度で車を走らせる。
軽特有のこもるようなエンジン音が耳をつんざく勢いで聞こえていた。
スピードメーターを見たら・・・。
ひぇぇぇぇぇ・・・。
怖くて、とても言えません。
「シ、シゲさん、やつらが来るってなんでわかったの?」
必死にシートベルトをしながら訊ねた。
「知り合いから情報があった。」
ものすごい速さで景色が変わっていっても、シゲさんの声に動じた様子はない。
「シンドウさん?・・・。」
シノちゃんも同じ。
「そうだ、俺の身内に危険が及ぶとシンドウ君のところにタレコミがあったそうだ。」
「まあ。」
シノちゃんはあんまり驚いていない様子。
「身内と言ってもお前たちのことではないから心配するな。」
「では、誰なんです?」
シノちゃんは普通にしゃべっているが、車外を流れる景色はものすごい勢いで変わっている。
「お前の姉だ・・・。」
え?マジ?
それは初耳ですけど・・・。
シホがシノちゃんのお姉さん?
「私にお姉さんがいるんですか?」
シノちゃんも初耳らしい。
そりゃ、そうだろ。
しかし、シノちゃんは取り乱す様子もない。
「お前の本当の姉ではない。だが、姉のようなものだ。俺が青森から連れてきた。」
「どうしてです?」
「見捨てることができなかったからだ。」
「そうですか・・。」
シノちゃんは表情も変えずに、淡々と聞き流していた。
顔はずっと正面に向けている。
「それをお母さんには?」
「彼女には関係ないことだ。」
そのひと言でシノちゃんには、すんでしまったらしい。
いきなり、にこり、とシノちゃんは微笑んだ。
「それで、これからなにが始まるんですか?」
なんか楽しそうな顔してるし・・。
「今夜、彼女たちが襲われる危険がある。」
「では、今から助けに行くんですね。」
「そうだ。」
「わかりました。」
え?わかっちゃったの?
なんなんだ、この親子・・。
「タカ・・。」
「なに?」
「いま聞いた通りだ。これからは何か起こるかわからん。降りるのなら途中で止めてやるが、どうする?」
はあ?
「それ、マジで聞いてるわけ?オレを怒らせて、なんか得することでもあるの?」
ちょっとキレそう。
「なら、高めておけ。もしかしたら、いきなり始まるかもしれん・・・。」
望むところだ!
「警察は当てにするな。あの様子じゃ確証がないかぎり応援に回すような余剰戦力はないだろう。俺たちだけで対処するしかない。」
最初から当てにしてないけどね。
「くそ・・・後手を踏んだ。やつらはインターを下りてる。すでにシホたちのところに行っているかもしれん。」
「インターを下りてるって、まさか・・。」
「ああ、おそらく奴らだ。この法治国家で、女の子をいきなり拉致するような無法者は奴らはしかいない。」
「でも、まだ決まったわけじゃ・・・。」
「いや、まず間違いない。女の子が消えたのは仙台インターだ。仙台インターを使っていたということは東北自動車道を下りてきた可能性が高い。東北自動車道の北端は青森だ。それがこの近辺のインターで下りたとあれば、まず奴らが襲撃班だと考えていい。シノ、この車に竹刀は積んでるか?」
切迫した空気が車内に充満しつつあった。
オレのアパートが徐々に近づいている。
「竹刀・・・ですか?ごめんなさい。竹刀は長すぎて、この子のトランクに入らないから積んでないの・・。」
普通に答える娘。
「そうか。」
シゲさんが残念そうな表情を浮かべる。
「でも、ちょうど良い長さの木刀なら後ろのラゲッジに2木積んであります・・・。」
積んでんのかい!?
凶器準備集合罪で捕まるぞ。
よく検問通ったな。
「シノちゃん、車を停めてくれ。」
「え?急にどうしたんですか?」
誘拐まで平気でするような奴らが迫っている。
「運転を代わる。悪いけど、シノちゃんはここで降りてくれ。」
そんな危険な奴らがやってくるところにシノちゃんを連れていくわけにはいかない。
「タカ、変な気を使うな。」
シノちゃんは車を止める様子もない。
「でも、相手は危険なんでしょ?だから、さっきオレに確かめたんじゃないの?」
そうだ。
シゲさんはオレの覚悟を確かめたんだ。
「確かにそうだが、それとこれとは別だ。警察が当てにならない以上、少しでも戦力は多い方がいい。」
「でも・・。」
「大丈夫ですよ、タカさん。心配するなら相手のひとを心配してください。木刀ですから、ちょっと加減が難しいんです。」
シノちゃんは、すっかりやる気でいるらしい。
確かに底知れぬ力を持ってる女の子だ。
彼女に柄物を持たせたら、そこら辺のゴロつきのひとりやふたりは簡単に叩きのめすだろう。
それだけの実力が彼女にはある。
「タカ、そろそろ着くぞ。」
え?
マジかよ!!!
見覚えのある景色が目の前に広がっていた。
マジで着きやがった・・・。
「後ろから木刀を取ってくれ。」
シゲさんから言われた通り、後部座席後ろのラゲッジスペースから木刀を掴んで手渡そうとした時だった。
「お父さん、あれ!」
ハンドルを握るシノちゃんが叫んだ。
ヘッドライトの照らし出すまばゆい光の中に、女を肩に担ぐ男の姿がいきなり飛び込んでくる。
「シホ!!」
下着姿のまま肩に担がれてるのは間違いなくシホだ。
あの可愛らしいお尻を見間違えることはない。
アパート前の駐車場に見慣れぬオフロード車が停まっていた。
男はシホを担いだまま、そのオフロード車に向かおうとしている。
ドアが開けっ放しになっていた。
やばいっ!!!
あそこに放り込まれたら終わりだ!
「シノ!割りこませろっ!!」
シゲさんが怒鳴った。
「はいっ!」
シノちゃんの操る軽自動車が鋭いタイヤの軋みをあげて、シホを担ぐ男とオフロード車の間に突っ込んでいく。
その時だった。
ああ!!なんだぁ!!?
今度は、その向こう側から猛然と、もう一台が突っ込んできた。
シゲさんが再び怒鳴る。
「降りたら即戦闘だ!!油断するなよっ!」
「はいっ!」
オレとシノちゃんは、同時に叫んでいた。
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