【妻】夫には数年前に近くの本屋のサイン会で出逢った。平積みになった小説を書いた夫の第一印象は真面目そうなはにかみ屋のように見えた。
凛という女性のようなペンネームに合っているような気がした。実際は賢吾という似合わない名前の持ち主だった。
今、振り返ると、あの時が夫にとっては小説家の絶頂期だった。お洒落な女たちが主人公の言葉巧みな嘘に騙されて、破滅する。そんなストーリーだったけれど、わたしはむしろ凛のリズミカルな長い文章が好きだった。それを口に出して小声で読んでいると、からだ中を繊細な指が這っているみたいな興奮を覚えた。
でも、数年経っても前作を凌ぐヒット作を生み出さず、わたしは彼の才能に見切りをつけた。
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