五、視線という名の手
数日後、私たちは再び車を走らせていた。
目的地は、自宅から少し離れた、24時間営業のビデオ個室店。
そこは、誰もが顔を隠して、欲望の断片を持ち寄る場所。
匿名性に守られていながら、視線だけは裸だった。
「ここに、私……連れてきたかったの?」
「違う。君が来たがってるの、感じたから」
後部座席でレオタードに着替えた彼女は、息を整えていた。
胸元にはロープの装飾で歪に強調された乳房。
股間には、わずかに膨らんだヴァイブレーター。
個室に入ると、私は事前に用意した小型カメラを起動し、彼女をソファに座らせた。
「ここ、声が外に漏れるかもよ……」
彼女は小さな声で言ったが、目は怯えていなかった。
むしろ、誰かに聞かれているかもしれない状況に、身体が反応しているのがわかった。
——そして。
予定していた「視線」が、扉の外に立つ。
この店で知り合った、同じような性癖を持つ人物だ。
事前に打ち合わせた通り、軽くノックが響く。
「……誰?」
彼女が問う。だが、止めようとはしない。
私がドアを開けると、彼は帽子を目深にかぶり、静かに一礼するだけだった。
私の合図でカーテンを少しだけ開けると、
そこから「視線」が、ゆっくりと彼女を舐めるように辿った。
息が詰まりそうな沈黙の中で、彼女がかすかに呟いた。
「見てるの……?」
私がうなずくと、彼女の瞳が熱に潤む。
そして——
自らヴァイブレーターのスイッチを入れて、身体を揺らし始めた。
「ねえ……これ、見せたくてしてるんじゃない……でも、見せたら……もっと感じちゃう……」
羞恥という名のドレスを脱ぎ捨て、彼女は、第三者の視線を“肌で受ける女”へと、静かに変貌していった。
六、鏡の向こうへ
その夜から彼女は変わった。
変わってしまった、というより、
元々胸の奥に隠れていたものが、静かに目を覚ましたのだろう。
「ねえ……あの写真、もう1枚見せて」
朝の光の中で、ベッドに横たわったまま、彼女はそう言った。
スマホの画面に浮かぶ自分の姿を、じっと見つめる。
レオタードの下に透ける濡れ跡。
頬を染め、目を伏せた顔。
見せることを知らなかった“あの頃”の自分。
「この写真……すごく、淫らだよね」
「うん。でも、とても綺麗だ」
彼女はその言葉に微笑み、
そっと唇を噛んでから言った。
「もし……これをネットに載せたら、どうなると思う?」
私は答えず、ただ黙ってうなずいた。
そう——それは彼女の中で、もう“決まっている問い”だった。
数日後。
彼女が選んだのは、匿名掲示板のある写真投稿サイト。
ユーザー名も偽名、顔は隠し、肌は照明と影で際立たせた。
投稿タイトルは、「夜にだけ咲く、妻」。
コメント欄にはすぐにいくつもの反応がついた。
「色気がすごい。表情がたまらない」
「本当に人妻?想像だけで抜けた」
「もっと見たい。動画は?他の衣装は?」
まるで蛇のように、甘い言葉が絡みつく。
その夜、私は彼女の横顔を見つめながら、画面を読み上げた。
彼女は一言も返さなかった。
けれど、太ももをピクリと震わせ、
自分の身体にそっと手を這わせた。
次の投稿では、彼女は自ら“演出”を始めていた。
メッセージ欄にこう書いた。
「恥ずかしいのに、やめられない。あなたが見てると思うと、もっと感じてしまう」
カメラの前で、彼女は自分の胸元に残る縄の跡を見せた。
白いハイレグレオタードは、以前よりも薄手。
画面越しでもはっきりわかるほど、勃ちあがった乳首の輪郭。
コメントはさらに増え、称賛と欲望が波のように押し寄せる。
彼女は、静かに、しかし確実に変わっていった。
ある晩、投稿後の余韻の中で、彼女がふいに呟いた。
「……あたし、もう戻れないかも」
その声には、恐れもあった。
けれど、何よりも甘美な“渇望”が込められていた。
「戻る必要なんてない。進めばいい」
そう言って、私はそっと彼女の手を握った。
指先は熱く、心はもう、次の投稿を夢見ていた。
「じゃあ、次は……顔、見せてみようか?」
その言葉に、彼女はためらいながらも、ゆっくりと、笑った。
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