小説のジャンルは多岐に渡り、この手の本を読まない者にも容易に思いつくのは推理小説だろう。
昔なら純文学、ハードボイルドは今も根強い人気があることで知られている。
人気作家ともなればどこかの書店でサイン会などを開催するけれど、官能小説家はそのジャンルからくる特殊性から行われることはない。
以前なら顔を晒すことが少なかった声優の世界も現代は堂々とその顔と姿を出し、ユニットを組んでアイドル顔負けの活動をする時代になった。
官能小説家の中にも顔を晒す者も出てきたけれども、女流作家はその限りではない。
読者がほぼ男性ということもあり余計なイメージをもたせたくないとの配慮と、どんな人なのかというミステリアスな女性像を持たせることは、販売戦略に一役買う一面もある。
彼女のペンネームは、萱野瑞稀……。
その姿は出版社の人間を置いて、他には極端に知られてはいない。
打ち合わせも彼女の自宅で行われ、他のやり取りはタプレットの画面越しで済まされる。
一番彼女と接する機会があるのは担当者を除いて他にはなく、その意味においても敦也は収益を生む金の卵として、売れっ子作家を繋ぎ止める重要な人材だった。
そのプレッシャーは計り知れず、彼女の作品作りに必要なアイデアや想像力を膨らませるために、時にはその身を捧げなければならないのだと身を持って知ることになった。
一歩間違えればその犯罪すれすれなのだけれど、彼女のその性愛は目を見張るものがある。
あの目眩がするようなフェラチオを受けた次の日もそれは続けられ、彼女は射精をすることを簡単には許さなかった。
敦也は彼女の椅子に座らされ、携帯でする会社や取り引き先とのやり取をする間、机の下に潜り込んだ彼女の奉仕を受け続けさせられていたのだ。
作品の中の登場人物としての実験台となることで、実体験は想像の中では得られない生々しさを醸し出す………。
電話の向こうの人物にいかに悟られずにいられるかを強要され、生かさず殺さず彼女の口の温もり中で翻弄されるあの地獄………。
あの敦也の体験は彼女の作品の中にそのまま書かれ、若者がある人妻に飲み込まれていくというそんな様子が、読者の胸に突き刺さった。
身体に滲んだ汗がシャツを肌に貼り付かせ、震わせる手で掴む携帯が汗で滑り落ちそうになる。
ねっとりと絡みつく彼女の舌と柔らかい唇がいつまでもペニスを虐め続け、決して射精に至るまで刺激を強めようとしない。
あればまさに、地獄としか言いようがなかった。
1度彼女の夫と顔を合わせることがあり、どんな人かと思ったけれど、普通の男性だったことがあまりにも意外だった。
いつもウチの妻がお世話になっています………。
大変でしょう、妻と一緒にいるのは………?
彼女の夫は担当者が頻繁に替わることから小説家としての妻が、気難しいのだと誤解している。
仕事場として使用している部屋は、実は住まいとする隣と繋がっている。
分譲マンションだから出来ることで、隣との壁をぶち抜かれているのだ。
夫婦間で取り決めでもあるのか、夫は妻の仕事場に顔を出すことはない。
だから恐らく妻の不貞行為を知らず、官能小説家としての妻の表の顔しか知らないのだろう。
どうか妻を、よろしくお願いします………。
そう言ってこれまで何人の担当者に頭を下げてきたのか、誠実な夫に対して敦也は複雑な気持ちを胸に押し留めるのにかなりの努力が必要だった。
どこの世界にも駄目な夫に出来た妻、この夫婦のような人達がいる。
持ちつ持たれずなのか、手の掛かる人ほど魅力的なのか…………恐らくは後者。
普段の彼女は目立たない普通の妻なのかも知れず、知らぬが仏なのかもしれない………。
彼女の作品の構想は常に幾つかあり、その幾つかが消化されると全てが無くなる前に新たな構想が空いた場所に補充される。
彼女の作品が半年の間に2〜3作品も生まれるのはその為で、作品として具現化されるのに担当者が生贄となる。
1ヶ月と間が開くことなく敦也は女流作家、瑞稀の仕事場の部屋に通うことになっていた。
ストーリーの前置き、話に繋がる流れを書き終えた彼女が外した眼鏡の端を噛み始めた。
書いては消すことを繰り返し、煮詰まってしまったのか指先をこめかみに押し当てている。
敦也は静かにソファーから腰を上げ、キッキンに2人分のコーヒーを取りに行く。
余計な声を掛けず、黙って静かにコーヒーの入ったカップを側に置いた。
今回は前回のように男性が翻弄される作品ではないらしく、敦也になかなか声が掛からない。
手放しで安心はしていなかったけれど、暇で眠気に抵抗するだけの時間を過ごすことにやっと慣れてきたところだった。
それは何の前触れもなくあのしっとりした瑞稀の声が、敦也に掛けられたことから始まった。
ごめん、煮詰まったから気分転換にシャワーを浴びてくるわね………。
30分近くが経ち、ようやく瑞稀が戻ってきた。
どうして女性はシャワーを浴びるだけでこんなに時間が掛かるのか、敦也には理解ができない。
でもさっぱりした彼女の顔を見て、いくらか気分を変えられたことを知って良しとする。
濡れた髪の毛からシャンプーの良い香りを漂わせて、Tシャツとブルージィーンズだった瑞稀の姿は白い無地の、Tシャツワンピースというラフな格好に変わっていた。
彼女の年齢を考えれば外出先で見せることはないであろう姿で、普段は部屋着やナイトウェアとして着ているのかもしれない。
子供のいない彼女は未だに若々しく、おばさんになりそこねた独身OLに見えないこともない。
垂れてもいないお尻の形が生地を押し上げ、わりと面積が少ない白のショーツがそのお尻を彩っている。
背中にはブラジャーが透けて……見える筈だった。
ベージュだとしてもブラジャーのラインは分かるくらい薄手なのに、それがない。
モシャモシャと濡れた髪の毛をタオルドライさせていた両手を下ろし、敦也に向き直った瑞稀のその姿はハッとするくらい美しかった。
生々しい細い身体が薄手の白いTシャツワンピに透けて見え、生地を押し上げる2つの丘の先端を尖らせている。
瑞稀が歩くたび柔らかそうな2つの丘を揺らし、あの先端の突起が紛れもない乳首だと敦也に知らしめる。
何よりも小豆色が白い生地を透けさせて、女の子には無い色香が若い敦也を戸惑わせた。
ごめんなさいね、部屋の中にいる時くらいは楽にいたいのよ………。
椅子に腰を下ろした瑞稀はしばらく原稿に向けていた顔を上に向けて、盛大な溜息をついてペンを置いてしまった。
回る椅子の座面を身体ごと敦也に向けて、瑞稀は口を開いた。
どうしても陳腐な言葉にしかならないの……。
思い浮かぶ光景も所詮は想像の産物でしかないし、欲しいリアリティがないの…………。
リアリティなのよ…………。
瑞稀はまるでメニュー表を見て、これが食べたいとでも言うように敦也にこう言った。
ねぇ、あたしを恥ずかしいと思わせてくれないかしら…………?
これが、始まりだった。
意味が今いち理解出来ない敦也を瑞稀は引き寄せて、机の下に潜らせる。
身体の向きを変えた敦也は自分に迫りくる瑞稀の膝が、目の前で左右に開くのを信じられない気持ちで見ていた。
座面に浅く腰掛けた瑞稀は両脚を敦也の背中に乗せて自分に引き寄せ、股の間に彼の顔を挟む。
そして内腿の柔肌に彼の鼻息を感じながら、湧き上がる羞恥心に体温の上昇を感じ、胸の高鳴りを覚えながらその手にペンを握った。
どうしろというのか、敦也は至近距離で見る瑞稀の股間からどうしたら目を離せるかを必死に考えていた。
瑞稀の内腿に顔を挟まれて、耳が温かい。
薄い生地を通して押し潰された黒い恥毛が透けて見え、シームレスショーツの中止を断層のように走る溝に生地がわずかに食い込んでいる。
ねぇ、これじゃ仕事にならないの………。
あたしをもっと、恥ずかしくさせて………。
そう言われてもと、躊躇する敦也の頭を瑞稀が抑え込む。
口と鼻が柔らかい秘肉に密着し、瑞稀の体温が伝わってくる。
意図せず鼻息が勝手に粗くなり、熱い息を吐きかけられた瑞稀が彼の顔を挟む太腿に力を入れる。
後ろに引こうとする頭を瑞稀に抑え込まれて、くぐもった声を発する敦也の口が動く。
薄い生地がさらに秘裂に食い込んで左右に開き、
息を吸い込もうとする敦也が顔を上げて鼻をそこから出した。
必然的に瑞稀の敏感な箇所が敦也の唇に挟まれ、浮き出た柔らかい包皮が唾液で張り付く。
その場所から存在を嫌でも理解させられた敦也が悟ったように、舌を突き出していく……。
生地を通して転がされる感覚に熱くなる身体を慰めながら、瑞稀はペンを走らせ始めた。
恥ずかしくて、顔から火が吹き出しそうになる。紛れもない現在進行形のリアルを味わう今、決定的な一瞬をレンズに収めるフォトグラファーのように、その卑猥な感覚を次々に文字に起こしていく瑞稀……。
敦也の両手がショーツの両側を掴み、下げられようとするのに逆らわず瑞稀が椅子から腰を浮かせた。
足の先から引き抜かれると直接そこに吹きかけられる敦也の熱い吐息に、机の上では瑞稀が汗で滑るペンを何度も握り直していた。
指で秘裂を開かれる恥ずかしさに手を震わせて、原稿の文字が本人にしか分からないほど乱筆になっていく。
後で書き直せばいいだけのこと、そう自分に言い聞かせて身構える。
そして身体を貫くような甘さが、駆け抜ける……。
もう瑞稀はペンを走らせることを、諦めた。
後で記憶を頼りに書けば、いいだけのこと……。
今は敦也に身を委ね、身体に記憶させなければならないのだから………。
原稿の上に添えたペンを掴む手とは反対の左手が鷲掴みにした原稿を、紙屑に変えていく……。
瑞稀は肩を震わせて、吐息も震わせていた………。
ふんわりとしたボディーソープの香りは興奮した女の濃密な匂いに取って代わり、溢れ出た女の蜜は若い働き蜂を鼓舞させる。
忙しなく動かされる敦也の舌に悩ましい声を上げる瑞稀が、その声を切れぎれにさせて必死に息を吐く………。
やっぱり、またか…………。
ドアの外に立つ夫が女の声を上げる妻の声を盗み聞きして、握り締めた拳を震わせる。
知っていたけれど、妻は作品を書き上げることで輝く。
たとえそれが官能小説だとしてもそれは、彼女の才能として受け入れて結婚したのだ。
夫はそんな妻から才能を奪うことは出来ず、妻の火遊びを黙認すると決めていた。
誰がなんと言おうと、惚れた妻を受け入れると決めたのだ。
例えその火遊びが作品を生み出す為ならば、止められないではないか………。
妻の毒牙にかかって身を削るあの若い担当者が、どのくらい保つのだろうと身を案じることを禁じ得ない。
せめてその若さと精力で妻の犠牲にならないことを願い、静かにドアの前から夫は黙ってその身を引いた。
犠牲にならないとは、彼が幸せな結婚を出来るその状態で妻の担当から外れることである。
前任者はとうとう体を壊し、入院したとある筋から知ることになった。
もちろん妻はそのことを知らず、ただ病気になってしまったとの認識しか持っていない。
遠ざかるドアからまた、妻の啜り泣くような声が聞こえてくる。
夫はもう、振り返ることはなかった。
机の上では両肘をついた瑞稀が髪の毛を振り乱し、その机の下では包皮から飛び出したピンク色の蕾を吸う若者が、年増の色香に酔っていた。
これはまだ序の口だなんてこの時の敦也は、まだ知る由もなかった………。
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