それからの美樹は彼との逢瀬はマッサージルームには留まらず、昼休みを利用して会社から離れた地下駐車場に停められた彼の車の中で。
或いは週に一度の割合で退社後にどこかで待ち合わせて公衆トイレの中や、商業施設の屋上駐車場の隅にある陰、住宅街にある安アパートの空き室になった角部屋のブロック塀との間など、およそ常識ある人間が避けるような場所で愛し合っていた。
それはホテルなどの施設では、誰が知り合いに目撃されるリスクがあるからに他ならない。
怖ごわと始めた秘め事は回数を重ねるごとに、なぜかリスクが興奮に変わるときめきを美樹にもたらした。
誰かに見られたら………という恐怖心は新たな快感を産み、中断など考えられない深い快感の最中に人に見つかったら、と考えるだけで達しそうになる。
そんな人には決して言えない秘密を持つ美樹は、会社では部下には美しい顔をした怖い上司であり、管理職だった。
その部下にはもうすぐ二年目を迎える新人の肩書を返上出来ない、若者がいる。
彼はなぜか美樹と視線が合う回数が多く、お小言を貰う頻度もまた多い。
お陰で同僚たちは自分に向かう口うるさい女上司の、監視の目から逃れられ密かに重宝がられてもいる。
そんな彼はある日、直属の上司として成長具合を確かめるべく美樹が同行して外回りに出た。
これは教育係の指導のしかたも分かる、彼の先輩同僚の手腕が伺えるからその彼は気がきではない。
この部下の成長は可もなく不可もない、といったところか。
いつも美樹は思うのだが、この部下はどこか掴みどころのない不思議な人柄をしていると思う。
帰社する前に、どこかで昼食をと考えている時だった。
部下 課長、よくお昼を外で食事されてますけど、どこで食べられてるんですか?
美樹 どうして?そんなに高いものは食べていないわよ…
部下 いえ、課長なら美味しい所をご存知かと思いまして…
美樹 あなたがもう少し仕事ができるようになったら、教えてあげようかしらね…
自分の上司が通うお店に行こうなんて、怖いもの知らずというか、少し変わっている。
部下 それじゃ退社後はどこかに通う場所があるんですか?……いえ、課長はスタイルが素敵だからヨガとか、何かなさっているのかなって…
美樹 あなた、上司のプライベートを知りたいなんていい度胸をしているのね、セクハラという言葉を知らないの?
美樹は彼に対する薄気味悪さと、何かがヒタヒタと足音を立てて迫りくるような緊張を覚えた。
まさか……この部下が知っているはずない…という、根拠のない強がりが、自分を支える。
だが…………。
部下 いえ、それにしても課長、暗闇の中で素敵な顔をされるんだなぁと思いまして…
美樹は心臓に冷たい杭が打ち込まれたような、そんなショックを味わった。
美樹 それは、どういう意味かしら?
部下 言葉の通りです……さっき先方の倉庫にあった在庫を見る時の真剣な課長は、素敵でした…
何だ、そんなことかと緊張が緩む。
声が震えないように言葉を吐いて、損をした。
それにしても、意味深に聞こえたのは気のせいだろうか。
部下 でも、映画館で見た課長のほうが、もっと素敵だったなぁ……
美樹は知られている、そう確信した。
やはり気のせいなんかではなかったのだ。
部下 気づいてなかったみたいですね、課長たちとは離れた所の同じ列で僕は見ていたんです…
二人でいる課長を見たときは、知らぬふりをするつもりでした……僕にもそれくらいの良識はありますから。
でも、次に課長たちを見たときには座席には課長しかいなくて、目を凝らしたら……自分の目を疑いました。
だってねぇ………エロチックな課長の顔は、素敵じゃないですか……
座席を離れたと思ったら、後のほうで……あんな顔をするんですね、課長……
美樹 やめてっ!
美樹は目の前が真っ暗になった。
美樹 何が望みなの?……お金?
部下 やめてください、お金を脅し取ろうなんて思っませんから…
美樹 じゃ、何っ!?
部下 そんなに怖い顔をしないで下さい……課長の時間を少しだけ欲しいだけです…
美樹 意味がわからないわ、はっきりと言いなさい…
部下 そんな態度を取らないで下さいませんか?………仕事でミスをしたわけでもないのに…
美樹 …………………
部下 課長、オリモノシートはつけてらっしゃいますか?
美樹 えっ?……今、なんて?
部下 聞こえていたでしょう?
美樹 この変態野郎………
部下 言葉には気おつけて下さい……僕を変態というなら、映画館で課長がなさっていたことは何なんでしょう?
会社帰りにもいろんな場所で、何をされているんですか?
やはり知られている、恐らくはほとんど全てを。
美樹 オリ………それをあなたに渡せば気が済むのね?……なら明日、付けるから待って…
部下 いいえ、待てません。そんなこともあるかと思って、通販で下着を購入しておきましたからこれに履き替えて、今履いている下着を下さい…
美樹 そんな………
部下 未開封の下着ですから、心配しないで下さい………それと、変な小細工はしないで早く戻ってきて下さいね?
忸怩たる気持ちを抱え美樹は駅ビルの女子トイレの個室でショーツを履き替え、外で待つ小悪党に手渡した。
部下 確かに……課長の温もりがまだありますね………一応言っておきますが、課長が今身につけた下着は一万円以上する高級品ですよ……
確かに高級ランジェリーの類なのは美樹の目にも、ひと目で分かった。
美樹 そんなもの、どうする気?
部下 プライベートなことは、教える気はないんでしょ?……だったら僕だって言いません……
そんな目で見ないで下さい、貴女にそんな資格があるんですか?
確かにそうなのだ。
美樹には彼を見下す資格はない。
これからどうなるのか、考えたくはなかった……。
※元投稿はこちら >>