その日は日曜日。いつもと変わらない日曜日。私は午後から、妻と二人で散歩へと出掛けていた。
秋だとはいえ、まだ木々は紅葉も見せず、それでも妻と二人で歩く。いつの間にか、それが老後の楽しみにもなっていた。
しかし、突然の胸の痛み。私は膝から崩れ、座ることもままならなくなる。
和代は慌て、『お父さん!!大丈夫!?しっかりしてよぉ~!!』と大きな声をあげていた。
そこに集まって来る、周りにいた方々の足音。私の記憶はここで途絶えた。
目を覚ますとそこは病室。和代は泣いていた。子連れの親戚や姉、甥っ子の翔吾の姿もあった。
安堵をする者、泣きじゃくる者、いろいろ居たが何があったのかは、まだ私には分からなかった。
しかし、それは手を叩いて喜べるまのではなかった。私は『要介護者』となっていたのだ。
それからの和代は大変だった。細く小さな身体を精一杯使っての、私の介護。排便の度に彼女の身体を借りてしまう。
私に文句も言わず、介護を続けてくれる妻だったが、そのストレスは相当なもの。彼女でも、我慢の限界は二年でした。
一年半前から、和代に強い支えが現れた。大柄な青年、甥っ子の翔吾だった。
彼は妻が苦労をしていた私の身体を持ち上げてしまう。妻にとってはそれは、とても心強いものだったと思う。
夕方になると現れ、夜遅くまで居て妻のサポートをしてくれていた。
そんな日が続いた頃、妻からこんな提案があった。正確には、妻と翔吾からだった。
『翔吾くんに、この家のどこかの部屋を貸してあげようと思うんだけど。たまに泊まって貰おうかと思うの。』、妻はそう言った。
確かに彼がこの家に居てくれれば、仕事中以外は介護をしてもらえる、妻の負担が減られる、迷惑者の私に選択肢はなかった。
翔吾の部屋とやったのは、別棟の2階にある部屋。『突然の客用』とは名ばかりで、ほとんど誰も使ったことはない。
和代はそこに布団だけを用意をし、あとは翔吾が生活に必要なものを家から持って来る。
数日後には、そこはもうアイツの部屋となっていた。家族でもない男が、この家の中に入り込んで来たのだ。
翔吾が住み始めてから、毎日うちにある二つの風呂が使われるようになっていた。本宅は私用、別棟は翔吾用。
妻の和代はと言うと、翔吾と同じ別棟の浴室の方を使い始めた。やはり、彼女も新しい方へと入りたいらしい。
私の部屋のとなりにある居間からは、よく和代と翔吾の話し声が聞こえて来ていた。
初めは仲の良い二人に私も安心をしていました。私の甥っ子とは言え、和代にとっては夫の姉の子。
内心、『上手くやっていけるのか?』と思っていただけに、流石は話し上手の妻を尊敬したものである。
しかし、その会話はいつまでも続いてあることに、ある時気がついてしまう。
部屋を与えたはずの翔吾が部屋に入ることもせず、妻のいる居間に居続けているのだ。
翔吾がやって来てから約一年が経った頃、私の知らないところで妻とこんな会話をしていたようだ。
それはこの家の裏にある、私が使っていた作業場。そこで翔吾は、『好きです!』と和代に心を伝えていた。
もちろん、その時の和代は軽く受け流したが、それ以降も私の知らないところで妻への告白を続けていた。
『あの人のことで、一段落がつけば…。』
翔吾の強い押しに、いつしか和代は心を許し始めていました。『一段落がつけば。』、私が死ねばと言うことでしょうか。
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