恵子は結婚して7年目の37歳になろうとしていた。
パートナーとの間には子供はなく、お互いに干渉しない生活スタイルが気に入っている。
子供は出来たら出来たで受け入れるつもりでいたが、コウノトリは未だ飛んくるつもりはないのか、気まぐれに任せている。
普段の恵子はスーツに身を包み、職場で動いている。
代わり映えしない地味な仕事だが、その分スーツのレパートリーを増やして気分転換をしていた。
パンツスタイルが半分、スカートスーツが半分だ。
特にスカートはレパートリーを揃えている。
タイトスカートだけでも丈の長さ、さらにいうならデザインの種類は意外とあるものだ。
後になかなか手が出なかった、フレアタイプのスカートを思い切って手に入れた。
スーツスカートの中で甘さが際立つデザインだけに敬遠していたが、気がつけば身につけられるリミットはもう少ないではないか。
今しかないと思ったのだ。
きてみれば何のことはない、あくまで周りの評価だが美人の部類に入るらしい恵子は評判が良かったのだ。
それに気を良くして週に一度はそれを身に着けて、出勤するようになったのがいけなかった。
その日の朝は風が吹いていた。
さほど強くはなかったので、油断していた。
いきなり吹いた強風に見舞われて、条件反射で目を手で守ってしまったのだ。
悲劇はその直後、スカートが派手に捲れ上がっていた。
よりにもよって目の前で、素敵な男性に露骨に見られたのだ。
逃げるようにその場を離れ、なぜかトイレに逃げ込んでいた。
咄嗟だったとはいえ落ち着ける場所がトイレというのは、いささか情けない気もしたけれど仕方がない。
生きてきて様々な困難に見舞われてきたはずだが、困難を羞恥は初めてだった。
理由がわからず動揺し、ドキドキが止まらない。
緊張すると尿意をもよおすタイプだからか、ストッキングとショーツを下げて用を足したのだ。
信じたくなかったが、ショーツが濡れているのに気づいてしまった。
オリモノが多くなる時期ではないし、それの意味するところは自分がいちばん分かっていた。
そう……恵子は学生時代からマドンナ扱いされてきたが、マゾ気質の自覚がある。それは誰も知らない秘密なのだ。
不可抗力は恵子の中の官能的な部分を突いてしまい、目覚めさせた。
そこから葛藤の日々が始まる。
これまで積み重ねてきた清楚で常識的な女。
欲求が形となった欲望の化身となった淫らな女。
2人が対立して、勝利したのは後者だった。
それまで趣味だった喫茶店やカフェ巡りは、こうして恵子の性の捌け口を兼ねるようになったのだ。
ウィッグやメイク、眼鏡や帽子……様々な変装をして別人になる。
女はメイクひとつで清楚な仮面を隠し、淫魔にと変身する。
恵子のショーツを見た男は、今夜はどうするのだろう………。
この程度では満足できなくなりつつあることが、目下の悩みとなっていた。
思い切って下着を着けないままで……いくらなんでもそれは………。
そうじゃない、温もりが欲しい。
では、浮気をする?
それは現実的ではない………。
では、どうする?
答えの出ない日々に、辟易していた。
そんなとき、同僚が身体の不調から入院したのだ。
婦人系の病気、子宮頸がんの告知を受けたというのだ。
衝撃だった。
彼女は健康診断を毎年受けていたし、人一倍健康に気をつけていたのだ。
こればかりは通常の健康診断のメニューにはなく、自主的に受診しなければ早期発見は難しいことを改めて知った。
恵子は尻に火がついたように決心して、受診する病院を探してノートパソコンの画面を見つめていた。
見れば見るほど目移りがして、迷う。
どの病院も捨てがたくて、分からなくなった。
そんな恵子が、ひとつの産婦人科医院に目が止まった。
医院長が女性というのが気になる。
他にも女医さんが活躍しているらしく、気持ちが動いた。
どうせなら女医さんがいい。
早速指を動かして、予約を入れた。
1ヶ月も後にならないと順番がこないらしいと分かった。
それだけ混むということはある意味、安心できる。
恵子は指折り数え、その日を待ち望んでいた………。
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