これは………どうしてこんなに無駄が出てしまうのか、丼勘定じゃ駄目です。
店長は小さくなって、何度も頭を下げる。
本当に、反省をしているのだろうか……。
飲食チェーン店のエリアマネージャーとなってから10年、受け持つ店舗を予告なく訪れて指導をしている。
相原真希はアルバイトから正社員に採用されて、ある店舗の店長を勤め上げた手腕を買われて今のポストに収まった。
何かと痛いことを言わなければならないので、嫌われ者にならなければ仕事にならない。
真希自身も店長時代は突然現れるエリアマネージャーに対し、良い印象は持てなかった。
ある日いわれのない難癖をつけて本社に苦情を入れてやると、嫌がらせをする客に手を焼く出来事があった。
そんなとき前任のエリアマネージャーが、不意に現れたのだ。
騒ぎ立てるでもなくあらん限りの知識でネチネチと責め立てる、妙に頭の切れる悪質な客だった。
彼は真希を自分の背中の後に隠して、盾になってくれた。
相手の話を聞き、悪態を笑顔で対応していた。
自分の名刺を相手に渡すと、何やら専門的な言葉が出ていたはずだ。
すると相手の顔から血の気が引いていき、気まずくなってさっさと出ていってしまったのだ。
濃紺のブレザーを着るエリアマネージャーの前職は、元は某公務員だったと後になって真希は知ることになる。
名前は室井という彼は、綺麗に整髪された頭を掻きながら真希に向き直って、こう言った。
室井 お店も従業員も、よく守りましたね。
これからは連絡を一本、してきてくれよ?
そう言うと彼は、いたずらっぽく片目を瞑って見せてニヒルな笑顔を残し、颯爽と帰って行った。
真希は感銘を受け、後に引退する彼の後を引き継いだのだ。
その時に知ったのは多少の失敗や細々としたことは一切、会社に報告を上げていなかったということだ。
だから細かいことに目を光らせ、その場で指摘してきていたのだ。
店の従業員は真希たち店長が育てるが、店長たちを育てたのは会社ではなく、実質エリアマネージャーだった彼なのだ。
他エリアを担当する同僚のエリアマネージャーの中の数人や、たったいま後にした店の店長が陰口を言っているのを真希は知っている。
澄ました顔をして今日もあの日か?
実は好き者のくせに男日照り……
あの美人顔は鉄仮面だ………
アソコにカビが生えている……
辛くて涙が出たこともある。
だがそのたびに、室井のあのニヒルな笑顔が浮かんだ。
仕事を理解してくれない恋人にさられても、歯を食いしばって頑張ってきた。
今の真希は、決して孤独ではないのだから。
そんなとき、親友が入院したと風の便りに知ったのだ。
連絡をしてこなかったのは余計な心配をかけたくないという、あの子らしい気遣いなのだろう。
その性格は昔から変わらない。
抜き打ちでお見舞いに言ったらバツの悪そうな顔をして、誰が知らせたのかと問い詰められるほど彼女は元気で安心した。早期発見だったから心配はいらないのだと彼女はいうのだ。
真希も検診を受けろとしつこく言われてしまった。どうやら見舞いにくる友人たちにも同じ忠告をしているみたい………彼女らしいと思った。
会社で健康診断は受けていても、子宮がん検診まではしていない。
その夜あまり気は進まないが、婦人系の病院を調べるためにパソコンを開けた。
どこを選べばいいのか分からないほどヒットするものだから、うんざりしていたところにある病院に目が留まる。女医をアピールする産婦人科医院だった。目を通していくと、悪くない気がするではないか。どうせならと、予約を入れておいた。
1ヶ月先まで予約でいっぱいらしく、そこまで待たなければならないもどかしさは勿論ある。
でも評判の良さを裏付けるものだと自分に言い聞かせ、気づけばその日はあと一週間後に迫っていた。
早く済ませてしまいたいと気にしつつも、真希は今日も自分が向かう店舗に向けて、車のハンドルを握っていた………。
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