更に月日は流れた。
31になったシズカは間もなく6歳になる娘のルイと、生まれて半年になったタイシをつれ、いつもの公園を訪れていた。
その日はどんよりとした天候のせいか、他の子供連れは見かけることは無く、乳母車に乗せた息子をあやしながら、楽しそうに遊ぶ娘を見守っていた。
家族想いの優しい夫と可愛い子供に恵まれ、シズカは幸せな日々を過ごしていた。
そんな中、一人の女性が近づいて来た。
60過ぎに見える白髪頭の婦人で脚を引きずるようして歩いていた。
シズカはその婦人に見覚えがあった。
最近になってよく見かけるようになった、いつもは公園の端の方で子供と遊んでいる家族
を静かに見守っている女性だ。
シズカがこんにちはと声をかけると女性は会釈をして近くのベンチに腰を下ろした。
近くで見るのは初めてだったが、婦人は地味な服装ではあったものの、小ぎれいな出で立ちで思いの他に上品な顔立ちをしていた。
けれどその顔に刻まれたシワは深く、その人生の苦労の多さを感じさせた。
本当の年齢は60をいっていないのかも知れない、、、シズカはそう思った。
遊んでいたルイが女性に声をかけた。
「こんにちは、、、」
「こんにちは、お嬢ちゃん、、、挨拶が出来て、すごく偉いわね、、、」
優しい声だった。
何か心にしみるような、、、
「ルイというんです、、、来年、小学生になるんですよ、、、」
「ルイちゃん、、、すごく素敵な名前、、、」
温かい瞳でシズカを見つめながら婦人はそう応えてくれた。
シズカは乳母車を移動して婦人の隣に座った。
「この子は息子のタイシです、、、半年前に生まれたんです、、、」
「まあ、そうなの、、、本当にすごく可愛いわ、、、」
目を細めてタイシを愛おしそうに見つめてくれるのが嬉しかった。
何気ない会話を重ねていった。
いつの間にか心を許していたシズカは、自分の身の上話をし始めていた。
「先月、、、わたしの父が亡くなったんです、、、ずっと、男手ひとつでわたしを育ててくれたんですよ、、、」
「そう、、だったの、、、」
「わたし、一度も父に叱られたことが無くて、、、」
シズカは言葉を詰まらせた。
「優しいお父さんだったのね?」
「はい、、、すごく優しい父でした、、、あんなに元気だったのに、、、病気が見つかって、、、あっというまに、、、」
父の思い出話を婦人は、ときには頷きながら黙って聞いてくれた。
「わたし、、、中学生のとき、父にわたし達を捨てて出て行った母を絶対に許さないと言ったことがあったんです、、、わたし、祖母に母の浮気が原因で離婚したことを聞いていたから、、、そうしたら、、違うって、、母さんはお前を捨てたりしていないって、、、父が、わたしを絶対に手放したくなかったから、母から無理やり取り上げたんだって、、、父さんは弱い人間だから、わたしがいなかったら生きていけなかったと言ってくれて、、、父さんが悪かったんだって、、、父は何も悪く無いのに、、、本当にすまないって、、、わたしに何度も謝ってくれたんです、、、」
婦人はもらい泣きしたのか、涙を流してハンカチで目を覆っていた。
「それからはわたし、母の話は父の前ではしないと決めたんです、、、そのころ、父に知り合いから何度も縁談を持ちかけられていて、、、わたし、父が幸せになれるだったら、それでもいいと思ってました、、、でも父は頑なに断って、、、それを見て、わたしは父がもう女性を信じられ無くなっているんだと思い込んでいました、、、」
「そうかも、、、知れないわね、、、」
寂しそうな声だった、、、
つづく
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