2人で客室に滞在をしたのは、10分程度のことでした。
もしかしたら、その「佐伯」という男性についての誤解を、僕に解いておきたかっただけなのかも知れません。
身体を起こした彼女は、「帰るー?」と言って来ます。恋人でもない2人が、こんなところに居ること自体がおかしいのです。
廊下に出ると、まだ僅かな西日が窓から射し込んでて、「まだ明るい。」なんて錯覚をさせてしまいます。
下りのエレベーターに向かう僕達の足元からは、絨毯を踏み締める音がしていました。
そんな時、彼女が足を止めました。そして、「昨日のお昼ごはん断られたのは、本当に猫のせい?」と聞いてきます。
流石は僕よりも23年長く生きている彼女です。経験からくる女の直感を試しているようでした。
そんな僕は、「あの男性の方です。あんまりいい気はしませんでした。すいません。」と正直に謝ってしまうのです。
それを聞いた彼女は、「よかったぁー。」と言って、西日の入り込んでいる廊下の奥の窓へと歩き始めました。
カーテンをスライドさせ、その窓を開いて外を眺めています。
「よかったぁー。すぐに解決が出来そうなことで…。後藤さんに嫌われたのかと思ったわー。」と言っています。
そして、「あの子となんて何にもないよー。ただのお友達よー。それよりも「猫」って言われたら、
どうしようかと思ったわー。私、あの子は捨てられても、猫は絶対捨てられないものー。」と言うのでした。
明日は雨予報。開いた窓からは、心地の良い風が入り込み、カーテンと彼女の短髪を揺らしていました。
見つめられた彼女の目に吸い込まれるように、僕の身体は引き寄せられていきます。
震える互いの手が肩と肩を持ち合うと、距離は一気に縮まりました。
僕の頭は20センチくらいは移動をして、小さな彼女と同じ目線にまで下げられます。
そして、求め合うように唇同士が重ねられたのです。
僕にとって、約5年ぶりの女性の唇でした。付き合っていた前の彼女と比べると、潤いのない唇。
そして、鼻に伝わってきたのは、ファンデーションの匂いでした。
その時のキスはとても軽いもので終わりました。窓を閉めると、再びエレベーターへと向かいます。
どちらかともなく手が延びて、互いの手が繋がりました。
明るいエレベーターで降りるなか、話をしたのはとても些細なこと。
さっきのキスはどっちが先に誘った、誘ってないで軽い口論となっていました。
彼女は、「後藤さんが私の唇を勝手に奪って来た。」と強調をしています。
そして、エレベーターが開くと真っ暗なロビーで、「絶対に私からじゃありませんからー!」と言い張るのでした。
「なら、誘ってください。大橋さんから、僕を誘ってください。」、この時、なんでそんな言葉が出てしまったのだろう…。
エレベーターが閉まると、彼女はその小さな身体を僕に預けて来ました。
細い腕に力を込めて、僕の身体に手を回して来たのです。
そして、その口からは「キスしてー。キスしてー。お願い、キスしてー。」と言っています。
それは熱くて激しいものとなっていました。唇だけでなく、互いの舌も絡み合うものでした。
彼女の身体は倒れ、背中は冷たい石の床についています。僕はその小さな身体に乗りあげ、狂ったように唇を奪い続けるのでした。
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