怜菜さんは余裕のある専業主婦、僕は忙しい工事現場で働く現場監督。日中の過ごし方には、天と地の差がありました。
そんなことなど気にもせず、送られてくる彼女からのLINE。
「またか?」と思いながらも、それを開いて見る僕は楽しみだったのかも知れません。
そして、LINEで決められる待合せの時間。仕事終わりに誰も居ない池内邸の現場に向かい、他愛もない話を彼女とする。もう普通ではありませんでした。
その日の夕方、彼女は何も言わずに、目の前の自販機に走り、僕が口にするブラックの缶コーヒーを買って来てくれる。
飲みながら話を続けていたが、怜菜さんの手には何も持たれてないのが見えます。いつもなら、缶の紅茶が握られているはずです。
小銭がなかったのかと思い、「池内さんのはー?買って来ましょうか?」と言い、腰を上げようとしました。
すると、彼女は僕が飲んでいた缶コーヒーを取り、「こっち、頂きますから…。」とそれを口にしたのです。
彼女の喉を流れていく飲みかけの缶コーヒー。少なからずでしょうが、僕の唾液も怜菜さんの身体の中へと流れて行きました。
何も言わず、何度も小分けにしながら飲み干していく彼女。
「はいー。後藤さんのコーヒー、少し多めに飲んじゃったかも。」と返されました。
飲まない訳にも行かず、戻されたそれを僕はまた口にします。彼女が口にしたのを分かってです。
ちらっと怜菜さんの方を見ると、彼女は他を向いていました。「どんな気なんだろう?」と少し気になったからです。
その瞬間でした。彼女の手が、僕の手を掴んだのは。何かするわけでもなく、ただ繋がれた手と手。
見上げる月明かりが2人を照らします…。
同じ頃、悦子さんの部屋では「プシュー!」と缶ビールが開けられる音が響いていました。
それも一缶だけではなく、数缶が同時に。そこには飲み友達の佐伯さんが居て、数ヶ月ぶりに二人で飲み会を行うようです。
悦子さんに彼氏が出来たことで遠慮をしていた佐伯さんでしたが、この夜に誘ったのは彼女の方からでした。
「なんか、ほんと寂しくなるー。」と口にする悦子さん。
それは数年暮らしていたこのアパートを彼が出ていくことが決まり、そのお別れ会のつもりで彼女が招いたのです。
2人だけの思い出話を語り合い、時には笑い、時には涙します。それだけ、仲が良かったのです。
普段であれば、1時間くらいで終わる飲み会。しかし、この日はなぜかお開きにはなりません。
別れの寂しさから、用意された缶ビールが次々と開けられて行きます。
いつもより、遥かに酔いのまわっていく2人。そんな中、佐伯さんは彼女にこんなことを言うのです。
「あの子と仲良くしてやー?僕から、お前を奪っていったんやからなー!」とある意味、初めての告白だったかも知れません。
酔った彼女は、「あんたからーー?やめてよーー。」と笑い呆れていました。
長く続いた最後の飲み会。
それはあまりに突然、お開きを迎えます。アルコールには強いはずの彼女が、酔い潰れてしまったからです。
彼との別れ、楽しいお酒、それがいつもより飲んでしまった理由でした。
悦子さんが寝入り、一人にされた佐伯さんは一度は自分の部屋へと戻り掛けました。
しかし、それを停めさせたのは、酔い潰れて無防備となっている彼女を見てしまったからです。
部屋の電気は消され、彼の大きな身体は悦子さんの小さな背中に寄り添いました。
2人のシルエットが重なっていきます…。
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