いよいよ、悦子さんが監督を勤める「池内邸
新築工事」が始まりました。土台を作る基礎工事からです。
ただ、僕の方はその辺りにあまり用はなく、抱えていたもう一つの工場の新築工事の方に力を注いでいました。
悦子さんもそれを知っていて、仕事中にあまり電話をしてくることもありません。まあ、夜のデートは人並みにしてましたが。
そんな時、知らない番号からの電話がありました。職業柄、そんなことはよくあることで、普通に電話を取ります。
「池内です。」、怜菜さんからでした。彼女は工事についての質問をして来ます。
ただ、僕に撮ってのメインは工場の方であり、彼女にはもうしわけありませんが、住宅の工事など「ついで」程度。
図面は持ち合わせてなく、急に言われても上手く答えられないのです。
ただ彼女は真剣で、言われる僕は頭の中でその図面を思い起こしながら、話をします。
それでも、「どうだったかなぁー?」「手元に図面がないので…。」とそんな返事が多くなってしまいます。
すると、「後藤さん、夜でもいいので時間とかあります?お会いした方が早いかも…。」と言われてしまうのです。
もちろん、うちはただの下請業者。元請けである悦子さんを差し置いて、施主と勝手な打合せも出来ません。
「なら、大橋さんに連絡をして、大橋さんと一緒にそちらに伺いましょうか?」と返事をします。
「なら、そうしてください。」と電話を切り、悦子さんと一緒にまたあのご自宅へと向かうのです。
時刻は夜7時。前回と同じ、あの和室へと通されました。違うのは、そこにはご両親は出席をされてないこと。
僕と悦子さん、そして彼女の3人で打合せをします。今回もいくつかの変更がされました。
図面自体は完成をしているので、対した変更でもありません。
ただ、その中で電気ではなく、建物の変更を望まれた時、悦子さんの表情が険しくなります。
「今頃になって、そんなこと言うー?」という内容だったのです。
悦子さんも遠回しに、「なんとか、それは…。」と話をしますが、相手は全くの素人。好き勝手に意見をして来ます。
見かねて、割って入ったのは僕でした。悦子さんを救うように、持った知識で怜菜さんの暴走を止めます。
それは、入社をして10年、僕がこれまでの経験から培ってきたテクニックでした。
相手に不快を与えず、最後には笑いに変えてしまうもの。真面目な悦子さんには、持ち合わせてはいないものです。
おかげで怜菜さんも納得をしてくれ、その変更は取り止めとなります。
そして、帰る前の雑談の時間。
みんな、笑顔で話をしていました。悦子さん一人、年齢は離れていますが、みんな友達のようにして話し込んでいます。
そんな中、「後藤さん、彼女とかはー?」なんて聞かれました。もちろん、僕と悦子さんの間に不穏なものが走ります。
そんな状態です、「もう、ご結婚とかしてるのー?」と聞かれても上手く答えることが出来ません。
そんな僕は目を閉じ、一度深い呼吸をしました。心の中で戦う葛藤。
その全てが取り払われた時、「本当は、隣にいる大橋さんとお付き合いしてます…。」と言えたのでした。
僕が自分の彼女を他人に紹介したのは、この怜菜さんが最初の人。なぜ、彼女だったのかは、だだの偶然です。
言われた悦子さんも、「こいつ、言いやがった。」という顔をしましたが、素直にしています。
それを聞いた怜菜さんは、「なんか、素敵ー!!そういうの、素敵です!!」と二人を祝福してくれていました。
打合せを終えると、僕と悦子さんは一緒に車に乗り、この家をあとにしました。
車の中では、僕のとった行動に悦子さんも呆れ顔。
ただ、人前で「僕の彼女だ!」とはっきり言ってくれた僕に、悪い気はしてはいないようです。
「どうするのー!あの娘、口が軽そうよー?」と聞いてくる悦子さん。
そして、「いいじゃん、付き合ってるんだし。なにが悪い!!!」と大袈裟に答える僕。
なんか、スッキリしたような気分です。良い1日になりました。
その頃、怜菜さんはある紙を手に持っていました。それは、前回挨拶をしながら渡した僕の名刺。
その表と裏を何度も見ながら、「後藤ソウヤくん…?」とそう呟いています。
そして、「後藤ソウヤ…、後藤ソウヤ…、後藤…、後藤…、後藤…、後藤怜菜…!」と言って微笑みました。
それは、女性からその彼氏を奪おうする時、無意識に彼女が必ず唱えてしまうまじないのようなもの。
彼女の中で眠っていた悪い虫が、また目を覚ましたようです…。
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