その日は快晴の土曜日。
僕は父親の倉庫に置きっぱなしにしていた愛車を持ち出し、洗車を始めていました。
会社から社用車を与えられているので、普段はそればかりを乗ってしまい、愛車に乗ることがあまりないのです。
なので、買って一年半になりますが、走行距離は微々たるもの。
ボディーの洗車を終えて、車内の清掃していると、「彼女とか、出来たー?」と母が聞いて来ます。
「なにがー?」と言いましたが、その表情でバレたようで、「どんな娘ー?どこの娘ー?」ともう面倒くさいです。
更に「その娘、何才?年上ー?」と聞かれましたが、もう完全無視。つまらない母は、その場から居なくなりました。
僕の母がの年齢は今年58才。悦子さんとは7つ違うだけ。なかなか言えないのが、正直なところです。
その悦子さんと言えば、彼女も今日はお休みが取れていました。前日の夜にデートに誘ったのですが、断られました。
「着て行くものがない…。」というのが、その理由。なので、今頃は明日のデートに着て行く洋服を買っている頃だと思います。
彼女は普段は仕事ばかりしていて、おまけになかなかの出不精。なので、外出をするための服をあまり持ちあわせてはいないのです。
翌日の日曜日、デート当日。
仕事帰りに少しご一緒することはあっても、本格的な「デート」と呼べるのは今日が初めて。
僕の愛車、黒のヴォクシーで彼女を家まで迎えに行きました。
彼女はすぐに部屋から現れ、階段を降りてきます。いつもとは違い、おしゃれしてましたねぇー。
ゆったりとした半袖のワンピースを着込んでいて、色はモカベージュ。腰の辺りに結び目のある紐(?)がウエストを窪ませています。
足元は歩きやすいように、シューズを履いていました。
まあ、チビなので、そのファッションが活かされているのかはよく分かりませんが。
「それ、買ったやつー?似合ってるー。」と褒めると、「ほんとー?色もデザインもよくないー?」と喜んでいました。
「それより、なにー、この車ー?でっかくないー?高いでしょー?新車ー?」と言われます。
会社名の入った社用車に乗る僕しか知らないので、ハンドルを握る僕にギャップを感じているみたいです。
車は走り、見えて来たのは有名な海水浴場のある海岸道。
海水浴をするつもりはありませんが、「海とか、どうー?」と言われて、ここまで走って来ました。
その海水浴場、まあ、人でいっぱい。若い女性がドえらい水着を着て、歩いているのが見えます。
流石の悦子さんも、「あの娘、見てー!すごい格好してるー。」と声を発せずにはいられません。
そんな彼女に、「悦子さんもあんなの着てみる?」と聞いてみます。
すると、「やめてー。スタイルが悪いの、ソウヤも知ってるでしょー?」と照れていました。
それについては、(いや、スタイルとかじゃなく、年齢はー?)と心の中で呟いてしまう僕でした…。
「!!!!ん?ん?ん?ソウヤも??」
正直、驚きました。彼女の口から、自然に僕の名前が呼び捨てにされています。
それって、案外なかったことで、仕事では「後藤さん、大橋さん、」、
プライベートでも基本は「ソウヤさん(くん)、悦子さん(悦っちゃん)、」と呼びあっていた僕達です。
あまりに自然に呼ばれたので、彼女も今日はそんな感じなのだろうと勝手に理解をしました。
それからは、「悦子?」「ソウヤ?」としか呼ばなくなり、たったそれだけのこと、当たり前のことなのに2人の仲は深まるのです。
夕暮れ時。車を停めて、降りたのはあまり人のいない小さな砂浜でした。
泳遊禁止ですが、まだウインドサーフィンを楽しんでいる人も数人いました。
その砂浜を彼女と歩きます。海からの風が買ったばかりの彼女のワンピースを揺らしています。
シューズを履いていても砂に足を取られてしまう彼女は、何度も僕の腕に掴まっていました。
少し歩いた後、しゃがみこんだ彼女がこんな話をして来ます。
「ソウヤー?私、今年の12月で52(才)…。あなた、どうするつもりー?これからー?」となかなかタイトな話でした。
「んーと、ずっと一緒にいたい…。うまく言えないけど、悦子を誰かに取られるのは、絶対イヤ。」と答えます。
「結婚もしてあげられないよー?子供も産んであげられないよー?私、そんななのよー?」と彼女。
「かもねぇー?でも、僕は悦子とお話しをしてあげられるよー?ー?悦子を守ってあげられるよー?悦子を……!?」、
僕の告白はここで終わった。うつ向いたままの彼女が、急に僕の腕を掴んだからです。
「もういい…。ありがとー…。」、彼女は少し泣いていたみたいです。
立ち上がった彼女は、「ああー、あなたを好きになってよかったー!」と言って、長く曲げていた腰を伸ばしています。
いつもの彼女に戻れたみたいです。
「あれも出来ない、これも出来ない、なんにもしてあげられない…。」、
これまで口には出さなかったけど、年齢差があることに対して、彼女なりの葛藤があったのでしょう。
ただ1つ、さっき彼女は誤ったことを僕に言っていました。「結婚もしてあげられないよー?」は大きな間違いです。
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