誰もいない真っ暗なホテル。「不気味」としか表現のしようがありません。
合鍵を持っていた彼女がカギを開けた音だけでも、不気味に響きます。
工事用のデカいライトを手に持って、とりあえずエレベーターで最上階である3階へと向かいます。
エレベーターの照明でやっと安心をしますが、「怖いねぇ?」「怖いねぇ?」とそんな会話しかありません。
3階に着くと、やはりそこは真っ暗。少しの外灯りがありますが、もうバイオハザードの世界です。
本当はスイッチを押せば、一気に明るくはなるのですが、灯りをつけるとお客が間違って入ってくる可能性もあります。
そうなれば、そっちの方が遥かに面倒なことになります。なので、それだけは絶対に避けたかったのです。
取り敢えず、3階の従業員の部屋へと足を踏み入れました。そこに電気の分電盤があります。
開いてみますが、それらしいものはない。諦めて、「どこだろう?」と他をあたります。
悦子さんは、歩く僕から離れませんでした。
「怖がりです?」と聞くと、「怖いでしょー、絶対。」と言います。
僕が、「ここ、出ますよ?」と言うと、「後藤さん、ほんとやめてよー。」と初めて可愛らしさのようなものを見せてくれました。
身長は僕よりも遥かに低く、とても細い女性。見た目、真面目そうなので、堅い方だと勝手に思っていたのです。
それからどこを探しても何にもなく、もう一度従業員さんの部屋へと戻ります。
探した分電盤の中を更に詳しく見てみれば、奥の方で怪しげなタイマーがぶら下がっていました。
スイッチを切れば、その照明は消えてくれました。「こんなの分かるかい!」と言うと、彼女は笑っていました。
それは僕の言葉ではなく、「これでやっと帰れる。」と安堵をしたためのでしょう。
約1時間の大冒険でした。駐車場に戻った彼女は、「後藤さんって、面白いねぇー?」とストレートに言って来ます。
更に、「私、電気屋さんをあまり知らないんです。何かあったら、連絡とかさせてもらってもいい?」と聞いて来ました。
真っ暗な中、行われたラインの交換。おかげで彼女との距離も近づけてくれます。
翌日、いよいよリニューアル工事が始まりました。工務店の社長さんも彼女も、朝一番からやって来ています。
そこで見せられたのは、2人の普段のやりとり。
「いや、それは違う。」と言った社長に対し、「何を言ってるのよー!だから、言ってたじゃないのー!」と倍にして返す彼女。
とてもお気の強い方のようです。
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