〔おっ、やけに早ぇな今日は、さては お泊まりしたな?〕
『あっ、セクハラで訴えますよぉ』
いつにも増して 早く出勤してきた事をからかわれた宮本さんが そう切り返していた。
そして そのまま2階の事務所に上がって行った。
『部長に相談する』と言って。
そして朝礼後 俺が部長に呼ばれた。
そこには工場長も一緒だった。
〔話しは 宮本さんから聞いたよ〕
〔悪いけど 取り敢えず動画見せてもらえないかな?〕
俺は黙ってスマホを渡した。
〔うん、パウロだね…〕
〔日付も時間も時間も出てるし、板橋さんの声も…〕
〔あのさ板橋さん、さっき宮本さんには確認したんだけどさ、動画を確認して確かだったらクビにするって言ったらさ、クビにはしないでくれ 厳重注意にしてくれって言うんだよ、どう思う〕
〔逆恨みなんかされたら私こまりますから、私もそうですけど 板橋さんが逆恨みされたらもっと困りますから、って言うんだよ、良いか?それで〕
「ええ」
「って言うか、1度契約を更新してあげて それで終わり、とか?、更新したばかりなので まだ3ヶ月近く有るんでしょうし 辞めてもらうまで半年とか有るんでしょうけど、理由はどうにでも なりますよね?」
〔それが良いな、どぅだ?部長?〕
〔…にしても 何で佐山じゃなくて板橋なんだ?、結婚するんじゃないのか?、あの2人〕
「私も それの方が大事な事だと思いますよ」
「そんな大切な女性なら 何を投げうってでも盾になるでしょ?普通」
「それが出来ない人に 赤の他人である部下を どれ程 思えますかね?」
「まぁ、査定の為には あえて仕事を選ぶ人も居るんでしょうけど…」
「相談とか されなかったんですか?部長、佐山さんに」
〔ン…、ん、特には…〕
〔歯切れが悪いな部長、されたのか?、どうなんだ?〕
〔いえ、特には…〕
〔じゃ板橋、この件は私に預からせてくれ、部長 パウロ呼んで来てくれ〕
『ゴメンね ケンちゃん迷惑かけて』
『どうだった?、何か言われた?』
と、俺が戻ると 宮本さんが心配そうにしていた。
俺は ありのままを 伝えた。
「宮本さんには悪いけど」と付け加えて 佐山さんの事も…。
案の定と言うか …やっぱりと言うか、今日の宮本さんは 口数が異様に少なかった。
『おまたせ』と通用口から出てきた声も どことなく沈んで聞こえた。
が、『さて!。ゴメンねケンちゃん、お願いね 今朝の話し!』
何かを吹っ切る様に 宮本さんが力を込めて言った。
「うん」
「とりあえず帰ろ、あと付いてきて」
アパートに着くと、普段俺が停めてる駐車場の隣に俺が停めて、宮本さんには俺の駐車場を指差した。
そして、車を降りて 宮本さんの窓ガラスを叩いた。スーッと窓が開いた。
「ゴメン、ちょっと待ってて!」
「言ってくるから、下のおばさんに、エロDVDも片付けなきゃなんないし」
「ゴメン、待ってて」
俺は階下のオバサンを訪ねた。
「すみません、・・な事情で駐車場お借りできませんか?」
〔どうぞどうぞ〕
〔今月はもぅ息子も来ませんから〕
〔どうぞぉ、いつでも使って下さって結構ですよ〕
と、了解をもらって
「おまたせ」と、俺は再び窓ガラスを叩いた。
『ありがとう』
車を降りた宮本さんが 後ろの座席から《旅行ですか?》と言われそうなキャリーケースを引っ張り出した。
俺は スッと手を差し伸べた。
『あの人も こんな風に自然に出来る人なら良かったのに…』
『・・・・・』
『ありがとう、重いよ…』
俺は何も言わず ただ持ち上げて 階段を登った。
「どうぞ」と玄関をあけて スリッパを出した。
『おじゃまします』
そう言った宮本さんが 辺りを見渡して続けた
『彼女が掃除とか来てくれるの?』
『すごい綺麗にしてるぅ』
「んな訳ないでしょ?」
「募集中だって言わなかった?」
『言ってたけどさぁ』
『(彼女が居る)そうとしか思えないじゃない、こんなに綺麗にしてんだもの、違うの?』
「コロコロは各部屋1個、トイレにも」
「気づいたら コロコロって、それだけ!」
「それより どうする?、(ご飯)何も無いんだけど」
「食べに出る?、何か買いに行く?」
『…悪いわ、有るもので良いわよぉ』
「…募集中って言ったでしょ?、だから無いんだよコンドームも、だから どのみち出なきゃなんないの、なので どうしますか?」
『出た出た ケンちゃん節!』
『コンドームなんて買う気も無いくせに(笑)』
『お惣菜とかさ、買いに行こうかぁ、スーパーなら安くなる時間でしょ?そろそろ』
『私、包丁 おっ落としちゃうからさ、洗い物くらいは出来るけど、ね』
俺の車でスーパーに行き、《赤札》ばかりを買い込んだ。
おかけで、中華あり コロッケあり ヒジキあり…、そんな事になってしまった。
「テーブル、持って行かれちゃったからさ、今は炬燵で食べてんだけど ちょっと待ってて。お皿とかは 適当に探して、ね?」
『…持って行かれたって 別れた奥さんに?』
「そ!」
『お皿とか どれでも良いの?』
「うん、どれでも…」
(ちょっと早いけど まっ良いか、明け方寒そうだし)
俺は そんなやり取りをしながら 早々と炬燵に布団をかけた。
『やだケンちゃん、もう炬燵だしてんの?、早くない?いくら何でも』
「ん?、今 今」
「明け方 冷えるって言うからさ、今出した」
『それに したってさぁ』
「ベッドも布団もさ 1組しか無いんだ、ウチ」
俺が そう言ったとたん 何かに気が付いた様に 宮本さんが 手のひらで口を押さえた。
『・・・ゴメンね ケンちゃん』
『バカだぁ 私…』
「ウチもビールしか無いけど…」
少しの沈黙のあとに俺が口をひらいた
『あっ、ありがとう』
『私は何でも…』
「食べますか?」
我が家で 誰かと食事をするのは いつ以来だろうか?
『ねぇ、ケンちゃん?』
『ホントに居ないの彼女?』
「居ないよ」
『好みは?、どんな人?』
「女性なら!」
『何それ(笑)』
『それ 好みって言うの?』
「でも、若い女性はダメかな?」
『若いって?』
『男の人って みんな若い子が良いんじゃないの?』
「40半ば…、より上、かな?」
『へぇ、そうなんだ?』
『あとは?』
「まずは お尻だね!」
「お尻みて、それから前に廻ってオッパイみて、それから靴みて 少しずつ上にあがってく…」
『顔は?』
『どうでも良いの?』
「1番最後、かな?」
『お尻は巨大だし、胸は極貧だし、デブだし』
『どうしたら良いい?私(笑)』
「そんな事ないよ」
「好きだけどな俺 宮本さんのお尻」
「特にあの…、作業ズボンより、ジーンズのお尻がさ」
『こんなデカイのが?』
「でかくて なんぼ!、お尻はッ」
「ヤバッ!、ゴメン、先にお風呂行って 1発抜いてくる、そんな話しさせるから!、ゴメンね」
『また出た ケンちゃん節』
『ちゃんと流してきてね!、その辺に飛ばしたままに しとかないでよ!』
『洗い物 しとくから』
「ありがと」
「宮本さんも この辺のタオル 適当に使って、じゃッ お先に」
『はい、いってらっしゃい』
頭と身体を洗い 浴槽に浸かり、天井をボーッと見上げた。
かすかだが、カチャカチャと食器の音がした。
「おまたせ」
「ゴメンね、洗い物まで させちゃって」
『いいえぇ、この位』
『ところでケンちゃん、朝は?』
『冷蔵庫にパンが有ったけど…』
「うん、いつもアレ」
「面倒くさいからさ…」
「バターだのマーガリンだの そんなのも面倒だから 今じゃ それも入ってるのに しちゃってる」
「それとコーヒー」
「それだけ」
『良かったぁ』
『じゃぁ、ハムエッグとか 作らなくて良いのね?』
『苦手なのよ私も 朝から作るの』
「良いよ そんなの!」
「適当にやるから」
「宮本さんにも 適当にやって貰うけどさ」
『オッケー』
「じゃぁゴメン、先に寝てるよ」
「そっちの部屋 自由に使って良いから。って言ってもベッドしかないけど」
「オヤジ臭いのは我慢して下さい」
『はいはい(笑)』
『泊めて貰えるだけで充分です』
『逆にドライヤーの音がうるさいかも…?、ゴメンね』
「ドライヤーまで持ってきたの?」
『うん』
「シャンプーとかコンディショナーとかも?」
『うんうん』
「メイク道具も一式でしょ?」
「旅行じゃん、それ」
『…だね』
「だね…、って」
「まぁ良いや、ゴメン、先寝てるね」
『うん、ありがとう』
しばらくすると シャワーの音がしだした。
久しぶりに女性が ウチでシャワーを浴びている。
にも かかわらず 不思議な事に 我が息子は 少しも反応しない、ピクリともしない。
たまには エロ動画とか見たりもするから そんなハズはないのに。
宮本さんに対する どんな感情が そうさせてるのか?、何とも不思議な感覚だった。
浴室のドアが閉まる音がした。
かすかな 衣ずれの音のあとに、洗面台の灯りが こぼれてくる。
化粧水か何か つけているのか、しばしの無音のあとに ドライヤーの音が しだした。
寝室のドアをあける音。
扉の隙間から こぼれ来る灯り。
ベッドの きしむ音。
空気が澄みわたったかの様に 聞こえてくる。
『ケンちゃん?』
『寝た?、起こしちゃった?』
「ん?、どうした?」
「オヤジ臭くて寝らんない?」
『そんな事ないよ』
『嫌いじゃないもの私、ケンちゃんの匂い』
『ゴメンね、炬燵で寝かせちゃって』
「…良いよ、気にしないで」
『こっち来る?、って言いたいんだけどさ、今夜は言えないの、昨日なら きっと言えてたんだろうけど…』
『自分でも 良く分かんないの、ゴメンね…』
「気にしないで…」
「寝よ、ね?」
『うん』
『おやすみ』
『ありがとう』
翌朝、オーブントースターの《チン》という音で目が覚めた。
「おはよ」
「…早いね」
『あっ、おはよう』
『ゴメン、起こしちゃった?』
「…んな事ないよ、おはようさん」
既に着替えも終えて、バッチリ メイクもしていた。
『コーヒーは?、これで良いの?』
「うん」
「そのスティックの奴」
『炬燵で食べる?』
「…だね」
『持ってっとくね』
「ありがとう」
朝食を終え、換気扇の下でタバコを吸っていると、『私も混ぜてぇ』
と、宮本さんが やってきた。
『ケンちゃん?、今晩も お願いして良いぃ?』
「それは 構わないけど…」
「俺、これ吸ったら出るけどさ、宮本さんは まだ早いでしょ?」
「あれ使って(鍵)閉めてきて」
『ありがと』
『でも アレは嫌、取り替えて、ケンちゃんのと』
『アレって 奥さんが使ってた奴でしょ?、ゴメン わがままだよね?』
「んな事ないよ」
「ゴメンね、気が付かなくて」
俺は 鍵を取り替えて 渡した。
『そうだ!』
『私 今日 1時間であがる、残業』
『それなら パウロも居ないだろうし、先に帰って 何か作って待ってる』
『ねぇ、何が食べたい?ケンちゃん』
「んー、肉かな?」
「それと 赤まむし!」
「何か 即効性の有るやつ」
『出た出た お得意のケンちゃん節、ンとにもぉ!』
『それじゃ ドラッグストア寄らなきゃじゃん、コンドームも 昨日 買い忘れてますよ?、それは自分で買って来て下さいね、私 必要ないので』
「必要ない?、どっちの意味だろ?」
『そんな事 良いから どうでも!』
「じゃ、自分で買って来ます(笑)」
そんな 馬鹿話しをしながら 一足先に家をでた。
※元投稿はこちら >>