「ありがとう」
「俺 電子タバコじゃ無いけど良いの?、灰とか」
『大丈夫、気にしないで』
『灰皿、ドアの下の方にない?』
「ありがとう」
宮本さんの助手席で さっそくタバコに火をつけた。
『でも ケンちゃんて ホントに分かんない人ね?』
『鼻歌うたいながら仕事してるし』
『そのくせ 何でも そつなく こなすし…』
『リンダが はずせなくて困ってる時だって、スッて行って サクッとやってあげて』
『カッコいい!とか 思わず言っちゃった、聞こえたでしょ?』
「えっ?」
「そう言う事は もっとハッキリ言ってくんないと!」
『聞こえなかったの?、聞こえてなかったんなら言うんじゃなかった』
『聞こえて無かったんだ…?、そうなんだ?、すぐに また鼻歌うたいながら はじめてたもんね?』
『でも ヨッちゃんも言ってた、板橋さんて頭も良さそうだし、何でもこなすし…って』
「…あれで性格も良ければ…って?」
『そこまでハッキリとは 言ってないけどさ…』
「性悪だからね、俺」
「でもアレだ?、ヨッちゃんってことは〔よしゆき〕って読むんだ佐山さん、てっきり〔かつゆき〕だとばっかり思ってた俺」
『そ、知らなかったんだ?』
『関心が無いんだもんね?』
「はい」
『でも、そんなに性格悪いかなぁケンちゃん、リンダの事もそうだし、鋏が切れなくなったら研いでくれるし、この前なんか交換してあげてたよね自分のと…、相手が誰でもさ、分け隔てなんかしないで…』
『周りが言うほど悪くないと思うんだけど私、むしろ優しいって言うか…』
「優しいって程でもないと思うよ」
「ただリンダみたいに 頑張って何とかしようとしてるの見るとさ、この方が簡単だよとか、切れなくて戻らない鋏をさ 両手で広げて戻したりとかさ、面倒くさいじゃん そんなの」
「面倒くさいのキライだし、疲れんのもキライだし、この方が楽だよって。頑張ってそうな人にはね」
『みんな ハーハー言ってんのに、汗も かかないもんねケンちゃん』
「汗かくのもキライだしね」
「でもアレだよ、濃厚接触の汗は別だよ、下で〔マグロ〕にはなんないからさ そこは…」
『何なに?、濃厚接触とマグロとかって、ねぇ何それ?』
「ホントに?」
「本気で聞いてる?」
『…な訳ないでしょ?もぉ!』
『でもアレにはビックリした、毎日1時間まえにボード見に行ったと思ったら もうカウンター打たないんだもん、トータルでプラス1なら良いんじゃんとか言っちゃってさ』
『何台やってんの?ホントは』
「分かんないよ、数えてねぇもん そんなの」
「言ったでしょ?、ピッタリの数字が一番キライだって、毎日必死こいてて出来高が同じなんて あり得ないからさ、マイナスの日が有って当たり前なんだし」
『それはそぅかもしんないけど、皆必死なんだよ、何とか数こなそうと思って』
『私なんか見てよ、鋏だのペンチだのって使い慣れてないから、最近 指の間接が太くなってきちゃって』
『ほら、触ってみて』
宮本さんが ルームランプを点けて 手を俺の前に差し出してきた。
「ホントだ」
「バネ指とか ならなきゃ良いけど」
『そう!、私も心配で』
『ウチに帰っても 包丁とか落としちゃう時も有るもの』
「でもアレだね?」
「柔らかくて気持ち良い手だよね」
俺はそう言って 手を握りながら宮本さんを見つめた。
『そ、そぅお?』
『ありがとね…』
宮本さんが ゆっくりと手を引いた。
「帰りますか?」
「濃厚接触にならないうちに…」
『…そうね』
『ありがとう』
『乗ってって、車まで、ね?』
宮本さんが 俺の車まで乗せてくれて、『ありがとう』と しきりに手を振って帰って行った。
翌日。
「タバコ吸ってから帰りますか?、今日も」
『ゴメン、濃厚接触になっちゃうと いけないからさ、ゴメンね』
『…なんてね、今日はね 帰ってきてるのよ娘が、彼氏連れて』
『だからゴメンね』
『また明日ね』
『ありがとう』
俺は言われるまま 宮本さんを見送った。
そして、また その翌日。
『一緒に暮らしたいって』
『今度の土日で荷物運ぶんだって』
と、少し淋しそうしていた。
「同棲って事?」
「良いんじゃん?、ガスも電気も携帯も 払わないと止められるって分かるだけでも。ママの苦労が分かるでしょ少しは。淋しくはなるだろうけどさ」
『…うん』
『そうだね』
そんな話しをして分かれて 迎えた月曜日、仕事が始まるなり 宮本さんが話し始めた。
『金曜日にさ、しばらく走ってから気付いたんだけど、後ろに居たのよ、きっと奴よ』
『ナンバーまでは分からなかったけど車と色は奴のと同じだった、信号待ちで確認したから』
『そしたらさ、煽ってくるのよ右に寄ったり左に寄ったり、パッシングまでしてきたのよ』
「何処かで待ってたって事?」
『だと思う』
『どうしよ?』
「佐山さんは?、何だって?」
『車種と色が同じだけだろ?って』
『証拠もないのに…、って』
『それでも彼氏?、って言っちゃったわよ!』
「そう…」
「まあ いいや」
「何か考えるよ、帰りまでに…」
で、だした答えは、俺の車に宮本さんが乗って、俺が宮本さんの車で あとに続く。
途中、パウロが煽ってきたら 俺が降りてく。
って言う事にした。
宮本さんには 俺の車で いつもどおりの道を帰ってもらい、俺が そのあとに続いた。
信号を幾つか曲がり、やがて信号も無い 街灯も少ない 広域農道を走りだした時、いきなりミラーにライトが映った。
俺は少し アクセルを踏んだ。
案の定 後ろの車もついてくる。
今朝の話しのとおり、右に左に煽ってきた、そしてパッシングをされた時 すかさずブレーキを踏んで 車を斜めに停めて降りていった。
窓の向こうに ひきつったパウロ。
「開けろよ!」
俺が何度も窓を叩きながら スマホで撮影した。
パウロはスペイン語で何かを叫んで 俺を睨みながらバックしだした。
俺は おもいっきりドアを蹴飛ばしてやった、おそらくは 相当凹んだ事だろう。
車に戻り はるか向こうで ハザードを出してる宮本さんの所に向かった。
『パウロだったでしょ?』
「うん」
『何だって?』
「帰ろ」
「まずは帰ろ、帰って話すから」
『…怖いよ』
『帰って もし居たら どうすんの?』
「ビジネスホテルでも探す?」
『それも…』
『着替えも無いし…』
「…でしょ?」
「一端 帰ろ」
「もし、パウロが来てたら警察呼ぶなり、佐山さんに泊まってもらうなり」
「それまでは 居るから俺、車に」
「とかく 一端 帰ろ、佐山さんには 俺が話しするから、ね?」
宮本さんのアパートに着いた。
宮本さんには 先に部屋に帰ってもらって、電話を繋いだまま、俺がアパートの周りをぐるぐると回った。
『…上がってきて、ケンちゃん』
『2階の一番奥』
『車は私の左に停めて、娘のだから そこ、ね、上がってきて』
言われるまま、宮本さんの部屋に上げてもらった。
「…どうする?」
「まずは佐山さんに電話して相談すれば?、警察に頼むとか」
『電話なんかしないわ あんな奴』
『警察にも電話しない』
「動画も撮ったし、あいつのドアにも俺の足跡が残ってるハズだし、証拠なら有るよ、良いの?、電話しないの?それでも」
『…いい』
『ケンちゃん?、泊まってって、今日、お願い、ダメ?』
「大胆発言だね?」
『からかわないでよ!』
『怖いのよ1人じゃ、お願い、ね?』
「佐山さんだと思うけどな、泊まってもらうなら」
『今は言わないで、あんな人の事なんか、少しくらい心配させてやれば良いのよ!ね?お願い』
「バッグには 替えのTシャツや靴下くらいは入ってるから良いけど…」
『なら良いじゃない』
『男でしょ?、こんなに困ってる女性をほっとくの?』
『2日くらい同んなじ格好だって 誰も分かんないわよ、ね?』
「・・・・」
「分かりました」
『ありがと』
『お腹すいたね?、安心したら』
『どっちが先の人?、お風呂とご飯と』
「お風呂って…」
「Tシャツと靴下は有るけど パンツは無いし…、パジャマだって…」
「反応してるの見られるのも恥ずかしいじゃん?」
『ヨッちゃんのじゃ失礼だしね』
『タオルと毛布は有るから、ヨッちゃんのじゃないヤツ』
『それとも 一緒に寝る?』
「余計 反応しちゃうよ そんな事したら」
「ピンクレディだか石野真子だか歌ってたでしょ?、俺だって狼かもよ?」
『私だってら嫌よ!見られちゃうものスッピン』
『まぁ良いわ、先に入ってきて』
『その間に 何かご飯作っとく』
『ビールしか無いけどさ、良いい?』
「ありがとう」
「…それじゃぁ」
「って、何処?、お風呂」
『ゴメン!』
『初めてなんだもんね、分かんないわよね?』
『冷凍、チンしただけだけど…』
『ゴメンね、こんな物しかなくて』
『どうぞ』
シャワーを済ますと 既に準備されていた。
「頂きます」
『でも どうしよ?』
『勢いで泊まって貰う事にしたのは良いけど、何処で休んでもらお?』
「良いよ、ソフワァで」
「毛布 貸してくれんでしょ?」
『ホント ゴメンね』
『何から何まで…』
『それと もうひとつお願い、早く寝てね』
『ケンちゃんが寝てから お風呂入るから私、ケンちゃんの事だから』襲ったりは無いだろうけど、恥ずかしいからさ これでも、スッピンみられるの、ね?、お願い』
「はいはい」
「ご馳走になったら すぐに寝ます、薄目開けて」
『薄目開けては 余計ね!』
『じゃ乾杯!』
「はいっ、乾杯!」
「お馬鹿なパウロに!」
『何それ?』
『何であんな奴に乾杯するの?』
「だって パウロのおかげだからさ、俺が今 ここに居るの」
「それと、彼氏らしくない佐山さんにも!、乾杯!」
『はいはい』
『…乾杯』
気疲れも有ってか、俺はすぐに 寝入ってしまったらしい。
翌朝 物音に目が覚めると
『おはよ!』
宮本さんは 既に バッチリとメイクをした顔で微笑っいた。
朝食を囲みながら
『ねぇ、ケンちゃん?』
『今日 課長に話してみる、こんな事が有りましたって、出来れば派遣の担当者にも来てもらって』
「話すって、俺の事は?」
『正直にはなすわ、嘘言ったって、パウロが話したらバレちゃうし、そぅでしょ?』
『ケンちゃんには 迷惑かけちゃうけど、ゴメンね』
「まあ、その方が解決は早いどろうね?」
『でね、お願いがあるの』
『しばらく ケンちゃんちに泊めてくんない?、ダメ?』
『ホトボリが覚めるまでって言うの?、せめてパウロが落ち着くまで、ダメ?、彼女に悪い?、それならビジボとか探すけど』
『着替えも準備しちゃったのよ』
『夕べは狼にもならなかったしさ ケンちゃん、駄目かなぁ?』
「まず、彼女に叱られます、絶対!」
『そっかぁ』
『そうだよね?』
「でも、今は 彼女は募集中なので大丈夫です」
「ただし!、布団は一組しか有りません、来客なんて皆無なので」
「ソファーも有りません!」
「根が狼です、俺」
「それでも良ければ どうぞ」
『はいっ、結構です、お願いします』
『狼は見てくれだけ!、中身は……、何だろ?、とにかく お願いします』
着替えの入った大きなケースを積んで、二台で会社に向かった。
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