土曜日。
「…どうしようか?」
「プレモル 1ケースでも買って 持ってこうか?、下のオバサンに」
『え?、この前 お願いしに行ってくれてたよね?』
「うん、いつでもどうぞ とは言ってくれたけどさ」
「帰れる?、あの部屋に…、てか 住める?、あそこで生活できる?」
「少なくとも 佐山さんは 知ってるんでしょ?、今だって 行ってるかもよ?」
『…無理』
宮本さんは首を振った。
「でしょ?」
「もう 向こうに 車停める事なんて有るの?」
そんな話しをしながら家具屋さんに向かった。
そろそろ着こうかという時に 宮本さんのスマホが鳴った。
最近では スマホが鳴るなたびに〔ビクッ〕っと震えている。
『もしもし、おはよう』
・・・・・
『えっ?、明日?』
・・・・・
『ううん、そんな事ないけど』
『ちょっとゴメン、車停めて掛けなおすわ』
『ちょっと待ってて』
と、一旦電話を切っていた。
『春佳がね…』
『ゴメン、上の娘なんだけど』
『はるか がね、ほのか 見ててくれないか?って、明日』
「お孫さん? ほのかさんて」
『そう』
『どうしよ?』
『行って良いい?』
『パウロの事も 気にかけてくれてるしさ』
「行って良いい?、って俺は行かなくても良いの?」
『そんな いきなり?』
『会った事あるのよ、佐山さんにも』
「確かに 間は悪いかもしんないよ」
「だけど 何の為にソファー見に来たんだっけ?、何の為にプレモル買って帰るんだっけ?」
「帰れないんでしょ?、あの部屋には」
『それは そうだけど…』
「佐山さんの事は?、話してないの?まだ」
『今回の事は まだ…』
『でも、何であの人えらんだの?、とは言われた、同じ事 夏美にも』
『夏美って 下の娘ね、この前話した』
「宮本さんが したい様にして良いけど、俺は構わないよ いつでも ご挨拶に行くよ」
「ま、とりあえず、電話したら?、待ってるんでしょ?、娘さん、春佳さんだっけ?」
『うん』
『ゴメンね』
『もしもし?、春佳?』
『明日 何時に行けば良いの?』
『彼は?、彼も居るの?その時』
・・・・・
『うん?、ちょっとね…、話しときたい事が有ってさ私も』
・・・・・
『そう。色々あってさ』
・・・・・
『そうそう』
『だから 早めに行くね』
・・・・・
『うん、じゃぁね、はぁい』
『明日、一緒に…、お願いします』
宮本さんは 電話を切ると そう頭を下げた。
『でも ホントに良いの?』
「かばわせて頂きます、精一杯!」
「そのまんま しか言えないけど」
『ありがとう』
『でも、本当?、ホントに良いの?』
『交際0日よ 私たち』
「交際0日で 結婚する人だって居るじゃん」
『それは芸能人の話しでしょ?』
『下手したら またXが増えるのよ』
「またバツって、まだプロポーズも してないですけど、俺」
「それにさ、何であの人?、って俺も言われるかもしんないよ?」
『それは無い』
『無い無い!、絶対』
「大丈夫?」
「メガネ屋さんも寄る?帰りに」
『ンとにもぉ!』
『行くわよ!』
ソファー売り場で、手当たり次第に 宮本さんは 試し座り?をしては、俺にも座れと 右手でソファーを叩いている。
〔ソファーをお探しですか?〕
そんな宮本さんを見ていた女性店員さんが声を掛けてきた。
『はいっ』
〔何か お気に召された物は ございましたか?〕
『もお、目移りしちゃって…』
〔どの様なタイプの物を お探しでしょう?〕
『深く座れて…、(後頭部をなでて)背もたれがこの辺まで有って…、出来ればケ‥ この人が横になれる位』と、両手を広げて見せている、
『それか、こうなるヤツ』と、今度は両足を跳ねあげてみせた。
〔誠に失礼ですが ご予算などは?〕
「ゴメンなさい」
俺は 2人の会話に割って入った
「ゴメンね、典ちゃん」
「深くて背もたれが高いのは良いけど、横になれなくても良いし、リクライニングも要らない、ホントごめん」
『…何で?』
『横になれた方が良くない?』
「狭い方が 引っ付いてられんじゃん、ね?◎◎さん?」
〔羨ましいです〕
〔ラブラブなんですね?〕
と、店員さんには 少し引き気味に言われた。
「何か そんなので オススメなのは有りますか?」
〔でしたら、こちらに〕
と、手を差し伸べて案内してくれた。
それは、本革で やや青みがかった深い緑色、何とかカンとかグリーンと書いてあった。
『そうそう、これこれ!』
『一番最初に座ってみたの これ』
『でも、お値段がね…?』
〔そうなんですね?〕
と、店員さんがスマホを取り出した。
今どきは 電卓なんて持たないんだ?
そんな事を思いながら見ていた。
が、また 俺が口をはさんだ。
「すみません」
「ごくごく普通のアパートの2階です」
「玄関も 至って普通のドアです」
「入りますか?、これ」
〔はい〕
〔足は取れますので、こちらは〕
〔お部屋のドアは 玄関よりも少し狭いのが一般的ですが それでも こちらのタイプは入りますので…〕
『私 そんなトコまで考えなかった』
〔申し訳けありません〕
〔私が先に ご説明すれば…〕
〔精一杯 頑張らせて頂いて こちらになります〕
と、店員さんが宮本さんにスマホを見せている。
『……しょうがないかぁ』
『で?、いつ届けて頂けるのかしら?、送料とか掛かるの?』
〔水曜日の正午以降でしたら お客様のご都合に合わせて‥、配送は無料となっております、係りの者に設置まで お申し付け下さい〕
『水曜の午後ね、……?』
『分かりました‥、それで‥』
〔ありがとうございます〕
〔では こちらに〕
店員さんが また 手を差し伸べた。
「良いの?水曜日で」
『うん、午前中に取って来れるし 着替えとか、ヤツが来る事も ないだろうしさ』
「幾らだった?」
『教えない!』
『私が払うんだから良いでしょ?』
宮本さんが 機械にカードを差し込んでいた。
〔ありがとうございました〕
〔領収書と お届け伝票になります〕
と、店員さんが レジから出てきて深々と頭を下げている。
「すみません」
「ベッドを見せて頂けないでしょうか?」
〔かしこまりました〕
〔こちらになります〕
一瞬ハッとした顔をしては居たが、またまた 手を差し伸べて 店員さんが歩きだした。
『ベッドも買うの?』
「いずれは‥、だけどね」
「どの位するんかなぁ?、って」
〔ご希望のタイプなど ございますでしょうか?〕
店員さんが 振り返りながら聞いてきた。
「あの‥」
「CMで見たんですけど、朝になったら こうベッドが起き上がってきて 起こしてくれるってヤツを‥」
〔かしこまりました〕
〔こちらへ〕
そこには 既に起き上がっているベッドが有った。
〔今 戻しますので〕
ベッドが ゆっくりと平らになってゆく。
「寝かせて貰ったら?」
『良いの?』
〔靴のままで どうぞ〕
〔お試し下さい〕
そのベッドは、今 家に有るベッドよりも 0が1つ多かった。
「これって、枕もマットレスも含めての値段なんですか?」
〔はい、一式のお値段でございます〕
〔では、起こしますね〕
〔朝 時間になると この様に〕
『介護ベッドみたいね?』
〔はい、のちのちの事も考えて お求め下さる方も‥〕
「すみませんが、もう一度 戻して下さい」
ベッドが更にゆっくりと戻ってゆく。
「どぅお?、枕の感じは」
「それで いい?」
『ちょっと低いかなぁ?』
『柔らかいから かも?』
「すみません、妻に枕を見つけてあげて下さい」
〔かしこまりました〕
と、店員さんが枕を探しに行った。
『いいの?ケンちゃん?、妻とか言っちゃって』
と、宮本さんが ニコニコしながら口元を押さえている。
『さっきだって‥』
宮本さんが 更に続け様とした時に、
何処かに消えた店員さんが 両手で3つの枕を抱えて戻ってきた。
〔こちらなど如何でしょう?同じメーカー 同じ素材で出来ております〕
〔固さや高さが違いますので、どうぞ お試し下さい〕
取っ替えひっかえ試していた宮本さんが『やっぱり コレかしら?』と、1つの枕を選んだ。
「すみません、私の枕は あとから選ぶとして、コレをツインで頂くと幾らになるんでしょうか?」
〔コレをツインで‥、ですか?〕
店員さんが目を見開いている
〔申し訳けございません、少々お待ち下さい〕
「それと、もう1つお願いがあります」
「今 妻が寝てるベッド、それと娘のベッド。私達は市内ですが、娘は先日まで 隣町に住んでまして、妻のベッドと娘のベッドを引き取って頂けないでしょうか?」
「娘がベッドをくれるって言ってるんですが どうも合わなくて」
「先程のソファーとベッドはウチに運んで頂いて、今有るベッドを引き取ってもらう。それとは別に 娘のベッドを隣町から引き取ってもらう、お願い出来ますか?」
〔お話しは理解出来てございますが、私の一存では なんとも…〕
〔申し訳けございません、少々お待ち頂けますでしょうか?〕
しばらくすると、男性と一緒に店員さんが戻ってきた。
〔この度は ありがとうございます〕
と、名刺を渡された。
〔お買い求め頂けましたら ベッドとソファーは お住まいにお届けして 今お使いのベッドは引き取らせて頂きます、そこは問題ございません〕
〔立ち入った事を申し訳けありませんが、お嬢様はご結婚か何かで?〕
「はい」
「このご時世なので披露宴とかは アレですけど」
〔それでしたら どうでしょう?〕
〔当社にもリサイクル店が ございまして、そちらから出張買い取りという形では‥〕
「ごめんなさい、ハッキリ聞きます」
「それって 要らないもの何でも持ってってくれるって事ですか?」
「極端に言えば ゴミの処分もしてくれるんでしょうか?」
〔はい、ある程度の物は‥〕
〔逆に お客様に ご負担ねがう場合もございますが‥〕
「って事は、売れるものが高ければ残るし、ゴミの方が多ければ こちらがお支払いする」
「今のアパートを からにして貰って、お支払いする事もあれば 頂ける事も有るって事で いいんでしょうか?」
〔はい〕
〔ざっくりとは その様になります〕
「なら、それでお願いします」
〔ご退去の日にちなどは お決まりでしょうか?〕
「来月末には鍵を返すんだ とか」
〔かしこまりました〕
〔リサイクルの方から お電話させて頂きますので‥、どうぞ宜しくお願いいたします〕
「こちらこそ、宜しくお願いします」
これで 宮本さんのアパートを引き払う メドはついた。
不動産屋かぁ、さすがに狭いよな?今のままじゃ。
どっか 手頃なトコさがすかぁ?
しっかしキツイなあ、勢いで こんな高けぇモン買っちゃって‥。
そんな事を思いながら 支払いを済ませた。
『いったい 幾らしたのよ?』
『ソファーが何個 買えたの?』
『私のベッド 持ってくれば済んだの事なのにさ』
「嫌だよ!そんなの」
「佐山さんも寝たんだろ?、そのベッドで、ゴメンだよ、そんなの」
『・・・・・・・』
「ゴメン、言い過ぎた、ゴメン」
『ううん』
『‥そうだよね』
『奥さんが使ってた鍵なんて嫌だ!って私も言ったもの』
『そうだよね‥‥』
『ね?、でも 幾らしたの?』
「教えない!」
『何回払いにしたの?』
『私も手伝うから‥、幾らしたの?』
「何回払いも何も デビットだもん」
『‥デビットって』
『もう済んでるんじゃない』
「‥だね」
「典ちゃんには アパート引き払う事だけ お願いしようかな?」
「新しいトコは 手頃な所 俺が探すからさ」
「手分けして やらないと、お願いしますね」
『はい』
『こちらこそ お願いします』
『・・・・・』
『でも 嬉しかったなぁ《妻》って言われた時』
「そうしか言えないでしょ?」
「宮本さん なんて呼べる?、あの状況で?」
『それが一言余計だ!って言われんの!、分かってる?』
『でも まぁ 次から次へと、ペラペラ ペラペラ 良く出てくるわね?』
『娘が結婚して 遠くに行っちゃったん ですってね?』
『でもさ、ケンちゃんに のりちゃんて呼ばれんのも何かね?、ずっと宮本さんとしか呼ばれてないし‥』
「俺も 宮本さんの方が呼びやすいんだけどね、良いい?そのまんまで」
『良いよ、ケンちゃんが呼びやすいんなら、オイとか なぁとか、ずっと良い そんなのより』
その帰り道、スーパーに寄って 食材とプレモルを買って帰った。
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