『‥下さい』
あの時、宮本さんは 確かに そう言った。
彼女が言うように、人は誰しも少なからず両方持ってるんだろうが、根はMなんだろう、それは何となく気付いてた。その宮本さんが あんな事を企てていたとは‥。
思えば宮本さんには 愛撫という愛撫も 前戯という前戯も あまりした事がない、すぐに彼女は欲しがる。
なので、ここ!という 彼女の急所は いまだ掴めずにいる、1つ分かっている事と言えば 俺の舌を吸いながら果てたいらしい、彼女は最後に必ず舌を求めてくる。
彼女に相談されはじめた頃
『‥何かさ あまりシたいとも思わなくてさ、歳なのかしらね?』
『私に その気がないのが分かるとさ ふて腐れちゃって〔‥帰る〕とか言っちゃって‥』
と、そんな事を言っていた。
が、とても『‥シたいと思わない』様には見えない。
ヨダレを垂らしながらの長い長いキスといい、舌技といい、オシッコの件といい、むさぼる様にさえ見える。
いったい彼女は どんなセックスをしてきたのだろうか?
宮本さんの 小さな寝息を聞きながら そんな事を思った。
週が明けて 月曜日。
「‥‥ざいまぁす」
と、喫煙所に入ると そこには タバコを吸わないハズの佐山さんが居た。
〔板橋さん、吸い終わってから‥、ちょっと良いか?〕
俺を待っていたのは明らかだった。
「構わないですよ、今でも」
俺は あえて そう答えた。
〔‥そっか?〕
〔なら‥〕
と、彼は 隅の 少しでも人の居ない方へ俺を誘い話しはじめた。
〔あのさ‥、何か知らねぇか?〕
「知らねぇか?って何の事でしょ?」
俺は わざと いたって普通に普通の声量で答えた。
〔言わなくったって分かんだろ?〕
彼は 手のひらを下にさげながら 声を落とせと言わんばかりに続けた。
「分かりませんよ」
「いきなり 知らねぇか? 何て言われても」
俺は また あえて スッとぼけて見せた。
〔のり‥、宮本さんだよ〕
「宮本さんが何ですか?」
〔引き払った みたいなんだよ、アパート〕
〔ポストは目張りして有るし、カーテンも下がってねぇし〕
〔知らねぇかな と思ってさ〕
「そぅなんでか?」
〔そぅなんでか?って、何か知ってんだろ?、だろ?〕
「本人に聞いてみたら良いんじゃないですか?、もうすぐ出社してくるでしょうし?」
〔それが出来ないから聞いてんだよ〕
「は?、何で出来ないんですか?」
〔ブロックされてんだよ〕
〔電話も メールも LINEも、全部ブロックされてんだよ〕
「なら 直接聞くしかないんじゃ?」
〔呼びかけたって 返事もしてくんねぇよ、何か知ってんだろ?〕
「なら 私が答える訳にはいきませんね、知ってたとしても ですけど」
〔いつまで トボケんだよ〕
〔知ってんだろ?〕
「ったく面倒くせぇな!」
「ええ知ってますよ」
「2度と掛けて来ないで‥、って言われてましたね?」
「総務に相談してみたらどうですか?、引っ越したみたいだから 新しい住所教えくれって」
〔居たのか あん時、お前!〕
〔人の女にチョッカイだしやがって〕
「‥っせぇな!」
「おめぇに おまえ呼ばわりされたかねぇよ!」
「そ言えば あん時も言われてたな?同んなじ事 宮本さんにも」
「だいたい何なんだよ〔‥ちょっと良いか?〕って?、それが人にモノ訊ねる態度か?、口の利きかたも知らねぇか?お前」
「まぁ知らねぇから〔人の女〕なんて ふざけた言い方できんだろぅけどさ なさけねぇ!、所有物じゃねぇだろ お前えの!」
「フラれたんだよ あんた!」
「それも分かんねぇか?」
〔だから 謝ろぅって‥〕
「謝ろうって人の態度には 見えねぇな!」
出社時刻が近づくにつれ 喫煙所にも人が増えてくる。
来る人 来る人、皆が こちらを見ては ヒソヒソと様子を訊ねている。
「お前ぇもストーカーにでも なるか?、誰かみたく」
〔‥そんな事ぁ〕
〔ただ、一言‥〕
「んとに面倒くせぇな お前」
「帰るわ俺」
「課長には お前から言っといてくれ、今の話し 全部正直に言ってもらって構わねぇぞ俺は」
俺は そぅ言いながらスマホを取り出した。
「おはよ、もう着いた?」
『もうすぐ』
『どうしたの?』
「帰るからさ 俺」
『どうしたの?、何か有った?』
『佐山さん?、もしかして』
〔の、み、宮本さんか?〕
「うるせぇよ!」
『どうしたの?』
『どうしたの?ケンちゃん?』
「ん?、あとで話すよ」
「帰るからさ」
「仕事する気 失せた」
『待って』
『帰る、私も』
『駐車場ついたら電話する、休むって、ね?』
『私だって 何言われるか?、ね?』
結局この日 2人で会社を休んだ。
家に帰ると ちょうど宮本さんも車から降りるところだった。
『明日 呼ばれたりするのかな?』
「かもしんないね」
「事情聴取とか?」
「佐山が何て言ったかだけど課長に」
『そのまんまは言えないでしょ?』
「さすがに それはね‥」
「でもさ、周りには 聞いてた人 結構いたからね、何て言ったんかね?」
「・・・・・」
「何処っか行こうか?、気晴らしに」
「コート探しの続きとか」
「日帰り温泉とか」
「どうします?」
『任せる、ケンちゃんに』
俺たちは あてもなく 県北を目指した、テーマパークも有れば 温泉街も そこには有ったハズだから。
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