【2】
男の視線は、全身を這う様に送られている。
耐え難い感覚は、不快そのものだ。
だが、男は卑猥な視線を送り続けた。
「しかし、幸子君が来てからもう3年になるか。
あっという間だったが・・・・・君の美貌は変わらないなぁ。
いや・・・むしろ、ますます魅力的になっているよ。」
男の淫らな言動と視線が、より一層目の前の女へ向けられた。
牧元幸子(まきもとさちこ)、38歳、森浦教習所で働く事務員、夫と息子の3人家族。
それだけを聞けば、どこにでもいる様な妻であり母だ。
至って、普通の年増の女性だろう。
ところが、幸子は他の女性達と決定的な違いがあったのだ。
性格は、気が強く勝ち気。
理不尽な事には、誰であっても泣き寝入りしたくないという負けん気の強さを人一倍持っていた。
声にも、それは表れている。
どちらかといえば低めの声で、相手を言い負かすには十分な声質だ。
更に表情からも、その性格が滲み出ていた。
気が強そうな顔立ちは、威圧感すら漂っている。
しかし、他の女性達との決定的な違いは別にあった。
幸子特有の美貌と扇情的な身体、それこそが別格なものだったのだ。
芸能人で言うなら飯島直子似だが、幸子の美貌には敵わないだろう。
そして、その美貌を引き立たせる様に主張しているのが、肉感的な身体だ。
この日の服装は、上半身が濃紺のスーツで中に白いYシャツ。
下半身がスーツとセットの濃紺のスカートで、中にベージュのストッキング。
靴は、黒いハイヒールという出で立ちだった。
事務員であれば、何の変哲もない普通の服装だろう。
だが幸子という女は、そんな姿も扇情感で溢れていた。
中でも際立っているのが、豊乳とも言うべき大きな胸だ。
ボリューム感のある2つの盛り上がった膨らみが曲線を見事に描き、主張している。
着込んでいても、包み隠す事が出来ない様だ。
露わになった豊乳はどんな光景なのか、想像するだけで性欲を掻き立てられる。
また、当然だが幸子の類い稀な身体は豊乳だけではない。
下半身の肉付きも、もちろん生唾物だ。
ストッキング越しから見えるふくらはぎはムッチリと張り、上に続く肉感的な太ももを想像させる。
皿に、その上へと続く刺激的な臀部も格別だ。
スカートの上からでも豊かに膨らんでいるのが確認出来る様は、まさしく肉尻と呼ぶに相応しいだろう。
恐らく幸子という女は顔や身体が性格を引き立たせ、性格が顔や身体を引き立たせているのかもしれない。
つまり幸子が醸し出す魅惑的な香りは唯一無二で、他の女達とは比べ物にならないというわけだ。
しかし本来なら女性として誇るべきものが、幸子にとっては逆に苦悩するものとなっていた。
何故なら、淫獣とも言うべき男達に狙われているからだ。
幸子は、昔から男達の淫らな欲望に悩まされてきた。
近付いてくる男達は邪な魂胆が見え見えで、誰も幸子に純粋な恋愛感情を持っていなかった。
それは、まるで只の性の捌け口としか見ていない感覚である。
更に幸子自身は気付いていないのかもしれないが、幸子の肉感的な魅力は劣化するどころか年々増していたのだ。
20代の頃には無かった大人の成熟した魅力が溢れ出し、まさに今が女盛りなのかもしれない。
だからこそ大人の女の色香も漂い始めた数年前、ある事件が起こってしまったのだった・・・。
とにかく、これまでにはそんな経緯があった事で、幸子はより一層気が強い性格になったのだ。
そして今、目の前に居る男も幸子には警戒すべき人物だった。
矢島吉満(やじまよしみつ)、60歳、森浦教習所の所長、独身。
しかも、この森浦町の議員まで務めている。
つまり、この教習所で実権を握る存在であり幸子の上司だ。
幸子が森浦教習所に勤め始めたのは、約3年前。
その時から、矢島の卑猥な視線に襲われていた。
本来なら睨みつけて威圧でもしたいが、相手が上司では幸子もあまり無下には出来なかった。
その為に、矢島が無遠慮に淫らな視線を送ってきても幸子は何も言えなかったのだ。
「幸子君は、今38歳だったね?」
「えっ、えぇ。」
「・・・・・。」
自分から聞きながら、矢島は何も言わなかった。
ただ、幸子の肉感的な身体を眺めて堪能しているだけの様だ。
肥満体で薄い頭頂部、見た目からも下劣な雰囲気を感じさせる。
さすがに、幸子も限界だった。
「所長、申し訳ありません。
急ぎますので、失礼します。」
矢島の視線から逃げる様に、幸子はその場を後にした。
建物を出て、自身の車に乗り込む幸子。
眉間に皺を寄せて深い溜め息を吐く姿から、今日1日の仕事で溜まった疲労感が分かる。
しかし、それ以上にストレスを感じたのは矢島とのやり取りだろう。
幸子は、矢島と毎回接する度に憂鬱になっていた。
表情も、変わらず険しいままだ。
とはいえ、この日は幸子にとって大事な日である。
いつまでも、浮かない表情のままではいけない。
幸子は、車を走らせて教習所を去った。
普段通りスーパーに立ち寄って買い物を済ませるが、今日は少しだけ奮発している。
他にも立ち寄る所があるらしく、幸子は慌ただしそうだ。
ようやく自宅に着いた頃には、時刻は6時を回ろうとしていた。
「ただいま~!」
幸子の声が、家中に響いた。
すると、ある人物がそれに反応した。
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