【13】
「ちょっ・・・・・やっ、止めてくださいっ!」
原井は、掴んで離そうとしない。
揉む様に握りしめる手の感触は気色悪く、淫醜な欲望が肌を通して伝わってくる。
当然、幸子は手を振り解こうと抗った。
すると、遂に原井は本性を剥き出しにして幸子に言い放ったのだ。
「いいのか!?私がその気になれば、お前の旦那くらい簡単に消せるんだぞ!!」
権力者の凶暴性が、露わになった発言だった。
原井の脅迫は、まだ止まらない。
「偉くなると、便利なものでな!!
検察や弁護士にも顔が利くんだよ、私は!!
横領の罪を着せる、なんてどうだ!?
私の頼みなら、奴らはすぐに動くだろうな!!」
「そっ、そんな事が許されるわけないじゃない!!
私が、全て証言するわっ!!」
「お前が騒いだところで、まともに相手をする奴なんかいるわけないだろう!!
それだけの権限が、私にはあるんだ!!」
恐らく、法曹界にコネがあるというのは嘘ではない。
それに、原井なら幸子の証言を揉み消す事だって雑作も無いだろう。
まさに、権力を振りかざす暴君である。
原井は、更に幸子を苦悩させる言葉を放った。
「旦那が逮捕、家庭崩壊は確実だな!!
お前の可愛い息子も、辛い目に遭うぞ!!
犯罪者の息子と罵られ、苦しみながら生きていくんだ!!
それでもいいのか!?」
晶を脅しの材料にされ、幸子は思わず顔を強張らせた。
息子の将来を心配しない母親など、いるわけがない。
ましてや、幸子にとって晶と由英の笑顔が心の支えなのだから当然だ。
だが、幸子は一瞬だけ不審に思った。
何故、晶の存在を知っているのだろう。
由英と夫婦である事は分かっているのだから、子供がいると考えてもおかしくはない。
しかし、息子だと言い当てたのは不自然ではないか。
もちろん、幸子は言っていない。
原井に私生活を知られるなど、まっぴら御免だ。
由英が喋った可能性もあるが、幸子は昨晩の2人の会話を思い出す。
原井との話し合いでは仕事の内容だけで、雑談は無かった。
そうなると、由英が話したとも思えない。
一体、誰から・・・。
とはいえ、今はそれどころではない。
どうしても、この状況の打開策が見つからないのだ。
逃げる、抵抗するは幸子に許されない。
苦境に陥り、追い詰められる幸子。
原井は、そんな幸子に無慈悲な言葉を畳み掛けた。
「さっきも言ったはずだ!!
お前の覚悟が本物なら、旦那の愚行は忘れてやる!!
家族を守りたいんだろ!?」
合意など、到底出来るはずがない理不尽な要求だ。
幸子は、どうにかして原井を説得する手段を考えた。
だが、淫獣が目の前にいる極上の獲物をいつまでも放っておくわけがない。
業を煮やした原井は、幸子に襲い掛かったのだ。
「嫌ぁっ!!!」
幸子の悲鳴が、一際大きくなった。
それも、当然かもしれない。
原井は、握りしめていた手を引き寄せると幸子に抱き付いたのだ。
間違いなく、れっきとした猥褻行為である。
幸子を凌辱したいという淫醜な欲望は、もう隠す必要がない。
原井の、そんな意思表示だろう。
身体をまさぐる様に抱き締められ、その感触だけで幸子は震え上がった。
「はっ、離してっ!!
何をしてるか分かってるの!?」
外の雨が本格的などしゃ降りへと変わった中、幸子の怒声が室内に響いた。
しかし、今の原井には何を言っても通じない。
耳元で聞こえるおぞましい鼻息が、異常な興奮状態を物語っている。
更に、原井は耐え難い言葉を幸子の耳元で発した。
「ハァ、ハァ・・・・・どうした幸子!!
2年前を思い出すのか!?」
幸子はすぐに理解出来なかったが、続く言葉で全てを察した。
「車の中で、ストーカーに襲われたんだろ!!」
「・・・なっ、何故あなたがそれを!?」
2年前、幸子が被害に遭った強姦未遂事件。
一部のメディアで報じられはしたが、あくまで表面的な内容だけだ。
詳細を知っているのは、教習所内の職員のみ。
その詳細というのが、原井の言葉だった。
襲ってきた男は、只の幸子目当ての教習生ではない。
幸子が以前勤めていた教習所時代から、付き纏っていた男なのだ。
警察から聞いた話では、幸子が教習所を辞めて引っ越した後も執拗に探し回っていたらしい。
そんな男に見つかってしまった原因は、幸子が森浦教習所で働き始めた事にある。
森浦町という教習所に、魅惑的な女教官がいる。
噂は瞬く間にネット等で拡散され、幸子の居場所が判明するのに時間は掛からなかったそうだ。
だが、ここまでの内容はどのメディアでも報じられていない。
これを知っているのは、教習所職員だけのはずだ。
もちろん、これも由英が喋ったとは思えない。
誰もが知り得ないその情報を原井が入手していたのだから、幸子が困惑するのも当然だった。
そして、いよいよ原井の醜い淫欲は自身でも制御出来ない状態にまで膨れ上がった様だ。
「ハァ、ハァ・・・幸子、思い出させてやるよ!!」
乱暴に変わった口調からも、昂ぶる興奮が感じ取れる。
原井は、抱き締めたまま幸子の身体のある場所に狙いを定めた。
それは、目の前で濃艶な香りを漂わせる幸子の首筋だ。
「アァッ!!!」
幸子が気付いた時には、もう遅かった。
原井の汚らわしい唇が、幸子の首筋に襲い掛かったのだ。
首筋に吸い付かれるおぞましい感触は、幸子の脳裏にあの忌まわしい記憶を蘇らせる。
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