【12】
「・・・失礼します。」
念の為に許可を取り、原井の向かいのソファーに座った幸子。
しかし、座った事である部分が際立ってしまった。
それは、幸子の肉尻から太ももにかけての肉付きだ。
ムチムチとした肉感的な下半身が、スカートに張り付いている様だった。
昨日のパンツスタイルの時も同様だったが、幸子の肉付きはいつでも健在だ。
とはいえ、幸子自身にそんな事を気にする余裕は無い。
頭の中にあるのは、目の前の原井にどんな処分を言い渡されるのかだけだ。
幸子は、意味もなく壁に掛けられた時計に目をやった。
現実逃避とは違うかもしれないが、反射的に気を紛らわせようとしたのだろう。
ところが、その時計は止まっているではないか。
昨日までは確かに動いていたが、タイミングが悪すぎる。
幸子には、不吉な前兆ではないかと思わずにはいられなかった。
そして、幸子の不安など構わずに原井は語り出した。
「君の旦那には、どう落とし前をつけてもらおうかな。
私はね、恩を仇で返す人間が1番嫌いなんだ。
それとも、初めから私を愚弄するつもりだったのか?」
「いっ、いえ。そんな事は・・・。」
とりあえず、原井の怒りを鎮めなければいけない。
幸子は、何とか冷静にさせようとあらゆる手を考えた。
だが、その矢先に原井の口から出た言葉は最も危惧していたものだった。
「もう少し信頼できる男だと思ったが、見込み違いだったよ。
非常に不愉快だ。君の旦那には、今すぐ辞めてもらうしかないな。」
「えっ!?まっ、待ってください!
確かに、今回は主人の不注意でご迷惑をお掛けしました!
でも、いくらなんでもクビはあんまりです!」
「別に、私は感情的になってるわけじゃない。
規律を乱す者は排除する、それだけの事だ。」
まさか、解雇通告までされるとは思いもしなかった。
由英が教習所の為に尽力してきたのを知っている幸子にしてみれば、抗議するのは当然だろう。
それに、由英が失業すると生活苦になるのは必至なのだ。
この田舎町で、50歳の男が再就職先を探すのは容易ではない。
現在は経営難の森浦教習所ではあるが、副所長という役職のおかげで一定の収入は得ていた。
しかし、それと同等の収入を森浦町で得るには年齢的に厳しい。
幸子の給与だってお世辞でも高いとは言えず、牧元家が遣り繰りしてこれたのも由英の副所長としての収入があったからだ。
牧元家が困窮するのは、時間の問題である。
そうなると、晶にも苦労させてしまう。
いつも、家族の存在に救われている幸子。
何とか由英の失職だけは、免れなければいけない。
幸子は、覚悟を決めた。
「お言葉ですが、主人は恩義を忘れる様な人ではありません。
それなら、先程あなたに無礼な態度をとった私の方が規律違反だと思います。
代わりに、私をクビにしてください。」
自分が辞めても、牧元家の収入が減る事に変わりはない。
新しく仕事を探そうとしても、数万円程度のパートしか見つからないだろう。
だとしても、家族の笑顔を守る為にはそれが最善の選択だという結論に至ったのだ。
更に、由英を侮辱された事も幸子は許せなかった。
原井に、言われるがまま黙ってはいられない。
幸子の、そんな気の強さが表れていた。
だが、それは原井にとって気分を害するやり取りだったらしい。
「ふざけた事を言うな!!
君が辞めたところで、済む話じゃないんだよ!!」
原井の怒号が、室内に響いた。
見え隠れしていた暴虐的な姿が、顕わになった瞬間だった。
やはり、この男は普通ではない。
誰かが居るならまだしも、この2人きりの状況でこれ以上刺激するのは危険だ。
幸子は、慌てずに押し黙った。
すると、この男の恣意的な一面がすぐに現れた。
頑なに由英を許さなかった原井が、一転して態度を軟化させたのだ。
「だが、まぁ・・・君の、あの男を想う気持ちはよく分かった。
何としても、旦那を庇いたいわけだな。
・・・・・では、こうしよう。
君のその夫婦愛が本物なら、私も考え直そうじゃないか。」
高飛車な発言に、幸子は再び怒りがこみ上げてきた。
とはいえ、原井の口振りでは由英の解雇は回避出来る様だ。
譲歩したのであれば、ひとまず落ち着こう。
幸子は、思わず警戒心を緩めた。
しかし、原井の言葉の意味が常軌を逸したものだと幸子は直後に思い知る。
おもむろに立ち上がった原井は、反対側へ移動した。
つまり、幸子側である。
そして、粗暴な態度で幸子の隣に座ったのだ。
「なっ、何ですか?」
平常心を保とうとするが、幸子は動揺を隠せない。
両者の膝が当たる程の近距離なのだから、狼狽するのも当然だ。
これまでも原井の振る舞いは異様だったが、この行動はあまりにも大胆過ぎる。
だが原井はそんな幸子を気にも留めず、醜悪な笑みで眺めていた。
更に、幸子の身体を鑑賞する様に無遠慮な視線で吟味しているではないか。
濃紺スーツの上からでも際立つ豊乳、同じく濃紺スカートの上からでも際立つ豊満な太ももと肉尻は、横からだと一目瞭然だ。
昨日、初めて原井に会った時の記憶が蘇る幸子。
淫らな視線と欲望が自身に襲い掛かる感覚は、他の男達よりも異質だった。
あの矢島以上にどす黒い淫欲が秘めているとさえ、感じずにはいられなかった。
それと同様の危険な雰囲気を、まさにこの瞬間も醸し出しているのだ。
誰も居ない夜間の教習所で、そんな男が何を求めているのか。
言わずもがな、幸子は女としての危機を直感した。
この場から、逃げた方がいい。
恐らく原井は激昂するだろうが、今の幸子に後先考える余裕など皆無だ。
とにかく原井から離れる為に、幸子は立ち上がろうとした。
しかし、その矢先だ。
幸子は、自身の膝の上に手を置いていた。
あろうことか、原井はそこに自身の手を重ね合わせたのだ。
※元投稿はこちら >>