やっとのことで、蓉子は夫から手を引かれ、お湯の中に浸かることが出来た。
しかし、顔を上げてちらっと周りを見ると、単独の男性が克司、蓉子の二人を遠巻きにして、次に蓉子がお湯から上がる時には、恥じらいの仕草の中に見える、豊かな胸や黒い茂みの魅力を残さず見てやろうと言う視線を送って来ていた。
克司は他の男性が妻に魅力を感じてくれたのは嬉しかったが、その雰囲気には不健全な不気味な物まで感じるような気がした。
他人の妻の裸体を覗くだけでなく、なんとかその女性を抱けないか?
あの主人は、最近流行りの寝盗られ趣味があるのでは?
もしそうなら、自分が奥さんの相手をしたいものだ。
克司は、そんな卑しい感情が、取り囲んでいる単独男性達から漂ってきている気がしてならなかった。
妻も敏感にその気配を感じてるようだ。
羞恥は耐えらるが、恐怖は耐え難い。
もう、上がろう。
そう克司が思った時だった。
一組の夫婦と思われる男女が、ごく自然な感じで浴槽に入ってきた。
年齢的に克司と蓉子より、少し上のようだ。
「こんにちは。お宅もご夫婦ですか?」
相手の主人から挨拶された。
その言葉は、落ち着いて常識のある社会人のものだと感じられた。
克司は挨拶を返した。
「はい、夫婦です。
初めてですが、ここはきれいな露天風呂ですね。」
「初めてでしたか。
うちは時々来てますよ。
私も妻も温泉が好きなものですから。」
こうして克司は相手の主人と雑談をし始めたが、奥さんの方も蓉子に近づいて話しかけた。
その様子は、あわよくば蓉子を寝盗ろうと思ってたような、周囲の単独男性達から見ると、もう自分達に見込みは無さそうだ、と言う雰囲気を醸し出した。
自然、気持ち悪い気配は消えていった。
それに気がついた克司に、相手の主人は、
「私は混浴は好きです。
やはり、女性はきれいですからね。
見る価値はありますよ。
でも、最近は常識を越えるような人も増えてきた。
困ったものです。」
と言った。
克司が頷くと、
「おたくは、まだこんな温泉に来た経験が少ないようですね。
しかし、旦那さんにこんな事を直接言うと怒られそうだが、おたくの奥さんはきれいと言うか、可愛くて素敵な女性だ。」
その言葉には、妙な下心は無さそうだったし、克司にとっては、立派な社会人から妻が誉められたのは嬉しかった。
「旦那さんにとって宝物でしょう。
だから、こんな温泉に連れて来たくなる気持ちも分かります。
私だって、自分の妻が宝物ですからね。
だから良くこうして温泉に連れて来るんです。」
ああ、良かった。
このご主人は、自分と同じ感性で、しかも常識を備えた人だ。
だから、自分達が陥りかけた危険から、救ってくれたんだろう。
克司はそう思えた。
奥さんも、まるで蓉子の姉のように、気さくに雑談して、蓉子の気持ちをほぐしてくれた。
20分ほど雑談をした後、ご主人は克司に、
「我々は日帰りですが、おたくは今夜はお泊まりですか?
ここは夜8時以降は、泊まり客しか入らせないから、その時にまた奥さんとゆっくりお入りなさい。」
と言って上がって行った。
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