翌朝目覚めるとルイは部屋にいなかった。遅く目覚めた舞に聞くと、ルイはレポートを書かなくてはいけないからと、
朝早く出て行ったと言っていた。舞といっしょにトーストで遅い朝食を摂っていると
「どうだった、ルイは?」
とボソリと聞いてきた。俺は危うくコーヒーをひっくり返しそうになった。
「ど、どうって・・・・何が?・・・」
舞は鼻にしわを寄せてクスクスと笑った。
医学部の5年になると病院実習が始まり、舞は忙しくなって子育てには協力できなくなった。そこで舞の子の明日香を
正式に養子縁組し、俺と嫁の子として迎えた。まだ学生のうちは夏休みや冬休みがあったので、舞は子供といしょに
過ごせたが、卒業して研修医となると夜間や休日当直もしなくてはならず、明日香と一緒に過ごせる時間は減っていた。
明日香自身も小学生になっていて、あまり手のかからぬ状態だったので、嫁も美容師の仕事に復帰した。
(ここからはセンシティブな内容を含みます。)
それから十数年が経ち、産婦人科医になった舞は勤務医として忙しい日々を送っていた。子供の明日香はすくすくと
育ち、大学の文学部に入学し一人暮らしをするようになった。俺と嫁の間には子供ができなかったので、養子として
迎えた明日香が唯一の子だった。ところが大学でロシア文学を専攻するうちに明日香が妙な事を言い出した。
「性の解放」だとか「家族制度の終焉」だとか言い始めたのだ。どうもロシア革命当時の本を読んでいるうちに
誰かの説にかぶれたらしい。最初、何のことだかさっぱり俺には分からなかったが、同じ大学に進学した明日香の高校時代
の友達に聞いた話だと、革命研究会という部活に参加しているうちに良くない男にそそのかされて、思想の実践とか称して
ヤリマンになっているらしかった。それを聞いた時俺には衝撃しか無かったが、これは大変な事になったっと思い、
明日香とじっくり話をすることにした。ただ、嫁が俺だと感情的になり過ぎて冷静に話せないだろうと言うので、
舞が明日香のアパートに行って話しをすることになった。明日香のアパートから帰ってきた舞は顔色が青ざめていた。
かなりの衝撃を受けたようだったが、それでも医師としての冷静な分析から、詳しく様子を聞かせてくれた。
大体こんな会話だったらしい。当たり障りなない話の後、舞が切り出した。
「明日香ちゃん。パパに言っていた性の解放て何のことなの?」
「ママ(明日香は舞のことをママと呼び、嫁のことをお母さんと呼んでいた)、そこだけを聞いて驚かないで。
今、地球温暖化の話があるでしょう。」
舞「それがどうしたの?」
明日香「地球温暖化は今のような政治では止まらないわ。」
舞「そうかしら。技術も進歩してるのじゃないの? 太陽光発電とか、水素エンジンとか・・・」
明日香「いいえ、結局石油や石炭を諦められないわ。だって石油は便利で手軽で人はずるい生き物だもの。」
舞「それでアナタは何を考えているの?」
明日香「私はね、地球温暖化を止められるのは共産主義になるしかないと思ってるの。すべての資本を政府の管理下に
置くのよ。」
舞「それって、ソ連や東欧が昔失敗したやり方よね。」
明日香「失敗したのはやり方が下手だったのよ。今みたいにネットもスマホも無かったでしょ。今なら皆が同じ
知恵や情報を共有できるわ。今なら、世界が一つに成れると思うの。環境でも通貨でも差別問題でも・・・
どこかの国だけが差別が許されて、自分の好きな燃料を選べる時代じゃないわ。」
舞「それって全体主義っていうんじゃないの。言葉も文化も価値観も皆違うの。」
明日香「そんな事言ってて地球が滅びたらしょうがないじゃないの。南極の氷が溶けちゃったら、価値観の違いを
議論しても無駄だわ。」
舞「分かったわ。これ以上話しても無駄なのね。でもこれだけは言わせて。あなた、色々な男と寝ているでしょ。
ヤリマンだって男子学生に言われているって聞いたわ。ママの子よ。恥ずかしい事はしないでちょうだい。」
明日香「ひ、ひどいことを言うのね。・・・・何もわかってないくせに・・私は私有財産を否定しているだけなの。
すべてが共有なら財産の所有権なんて無くなるの。私有のものが無いなら家族も今みたいに法律で囲う必要は
ないわ。もちろん夫婦は別性、というか夫婦になる必要もないわ。好きな人とセックスして、子供は国の責任で
全額無料で育てるの。そうしたら女も男も好きな仕事ができるわ。そんな世の中になれば、ママみたいに変な
子育ての仕方をしなくて済むでしょ。」
舞はそこで切れてコップの水を明日香の顔にぶちまけたらしい。明日香に帰って!と叫ばれて舞は帰ってきたのだった。
話を聞き終わった後、俺は憂鬱な気分で大きなため息をついた。
※元投稿はこちら >>