妻の話では、俺は出血性貧血で倒れたらしい。胃に小さな潰瘍ができて、運悪く動脈の真上だったせいで
そこから持続的に出血し、意識を失ったのだ。救急車で病院に運ばれ、胃内視鏡での止血治療が成功した。
幸い止血が早かったので輸血も必要としなかったようだ。点滴に繋がれた俺の手を握りしめ、妻は
「わたしのせいよ、あなたをこんなに苦しめて・・・・本当にごめんなさい・・・」
と涙を流していた。妻は3日間は仕事を休んで俺の看病をしたが、俺がもう心配ないと言うと
クリニックでの仕事に復帰したのだった。1週間で俺は退院し、しばらく自宅療養することにした。
毎年ほとんど年休を取っていなかったので、会社の上司から有給休暇を使ってゆっくり休め、と言ってもらった。
妻と不倫した若い医者も街を出て遠方の離島に移ったのを確認し、俺は内心ほっとしていた。
とは言え、妻との夫婦仲が元通りになったわけではなかった。妻は毎日のように「ごめんなさい」という
言葉を言って俺の心を癒そうとしていた。だが、妻がラブホテルの前で俺に向かって言ったことばや、
車の中で男としていた淫らな行為が脳裏に浮かんでは俺を苦しめた。俺は不眠になり、心療内科で
薬をもらうようになった。ある日、心療内科の待合室で診察の順番を待っていると、70前後の老人が
俺に話しかけて来た。
「あんた、〇〇さんじゃろ。さっき看護師がそう呼んどった。」
「あ、ええ。」
「あんたのところの奥さん、△総合病院の看護師じゃないかね。こないだ、あんたと一緒にいるところを見かけたよ。」
「ええ、そうですけど。今はそこには勤めてませんが。」
老人は頭髪は少なくなっていたが、おしゃれなシャツを着た小太りの男だった。
「ワシの姪も看護師でな。病院で奥さんの噂がたっている時の話を聞いておったよ。ちょうどその頃、ワシも
泌尿器科にかかっておったので、あんたの奥さんを拝見したんじゃ。いやあ、大した美人じゃの。この辺りでは見ない
顔立ちじゃ。それにええからだしとる。あれじゃあ、若い男が目の色を変えて追いかけるわけじゃよ。」
俺はいいかげんむかっ腹が立っていた。
「何が言いたいんですか、いいかげんにしてくださいよ。」
老人は済まなさそうに続けて。
「腹を立てんでください。ワシもあんたに謝まらんといかん事があっての。」
「?」
「あの医者は悪い男でのお。この街の或るクラブのメンバーだったのじゃよ。」
突然の男の話に、俺は先が読めずに戸惑いを感じていた。
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