地上世界と地下世界・・・それから2年の歳月が流れました。
夫の書斎の隠し扉でその二つは区切られ地上世界では、歳の離れた夫を気遣う良き妻・・・、地下世界では主人の忠実な下僕・・・。
それでも、そんな夫を心の底から愛していました。
完全に調教され、夫の想い通りの隷奴となり、完全に夫の色に染められ私は幸せでした。
そんな時に、夫を悲劇が襲います。
さなえ) あなた、しっかりして・・・死んじゃダメ・・・
鉄郎)・・・・
久しぶりの夫婦旅行、夫の運転で旅先での出来事・・・。
突然の雨で、視界の悪くなった夜間に事故は起こりました。
普段なら運転手に運転させていたのに、その日は二人だけに成りたいと私が
駄々をこねて、私の運転でした。
しかも、夫の車では無く私の車・・・、ドイツ製の夫の車であればこんな事にならなかったかも
大きい車の運転は、私では出来ないと私の車で行く事になったのです。
見通しの悪い交差点、対向車が信号無視の車に接触して私の車と正面衝突・・・。
運悪く、助手席が大破し夫は今、目の前でベットに眠っています。
ICUに運ばれ、懸命の処置が行われましたがそのまま夫は帰らぬ人に・・・。
一瞬の出来事でした、何が何だか判らぬ間に夫は旅立ってしまったのです。
呆然と自失して何も入ってきません。
事故の現場検証が行われ、最初の信号無視の車は重過失で現行犯逮捕され、私達の
車に正面衝突した車の運転手も現場検証に立会っていました。
『草刈 拓海』25歳のインターン医師だそうです。
イケメンの今時の青年、それがたくみとの初めての出会いでした。
お互い保険での処理で、連絡先を交換しました。
たくみはその時、初めて私をテレビで見た事を思い出した様で、私が娘では無く
妻だと知った様でした。
たくみ) 奥さんですよね、本当にこの度は大変な事になって、僕もなんて言ったら良いか・・・
その表情には、私への配慮が感じられ、夫を亡くした妻への同情と言うものだった。
しかし、たくみは違う感覚も感じ取っていた・・・、私の普通と少し違う雰囲気を・・・。
私は夫と主人(あるじ)を同時に失った事をこの時理解できていなかった。
ただ動揺する事しかできなかったのだ。
現場検証も終わり、夫の亡骸と自宅に戻ります。
どうしたんだろう・・・涙も出ない・・・。
自宅に帰ると、夫が死んだと言う事が世間を騒がせて、マスコミや親族が押し寄せて来ました。
金に群がるハイエナの様に・・・。
使用人) あの女、遺産目当てに事故に見せかけて・・・
マスコミの男) あの女、やっちゃったんじゃねーか・・・
親族) いつか、こんな事になるんじゃ無いかと思ってたわ・・・
皆、一様に遺産目当ての殺人と、心の声が聞こえてくる様だった。
誰一人、私の喪失感を気付く者はいなかったのだ。
ただ、ワイドショーネタの噂話が聞こえる中、葬儀の準備が進んで行く・・・。
私は夫の為に気丈に振る舞おうとしていた。
他人の噂など気になる関係では無かったのだ。
喪服も和装できっちりとまとめ、弔問客をもてなした。
気丈に振舞えば振舞う程、世間の目は同情より妬み嫉みが増して行った。
そして、読経の流れる中通夜が始まる。
この頃には、徐々に夫の死を現実に捉えだすが、弔問客の数はそんな私の気持ちなど
考慮する事なく、押し寄せる。
そんな中に、たくみを見つけた・・・。
たくみは加害者の一人だ、原因となったもう一人の男は逮捕され、否応なしに目の前の
たくみに憎しみを覚えてしまう・・・。
たくみ) 奥さん、焼香させてください・・・
その表情は、やはり他と違って申し訳なさと、私に対する慈しみを感じるものだった。
さなえ) ・・・
私は無言で会釈のみでやり過ごした・・・。
憎い、夫を奪った、この男を赦すことなどできなかった。
事故である事は判っている、けど・・・たくみへの憎しみが、今の私を正常に機能させている。
読経も止み、家中が静かになった・・・残っているのは私と使用人・・・。
たくみは遠路からの為に、使用人が気を利かせて部屋を用意した様だった。
私は使用人に、夫との別れを二人でしたいと、夫の書斎に亡骸を運ばせた・・・。
もう、この世の中に私を理解する人間など居ないと思っていた。
一刻も早く、夫と二人になりたかった・・・。
明日には夫は灰になってしまう・・・。
その前に、主人との別れをしたかったのだ。
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