山口「う~ん……。」
小坂「どうしたの?」
私がパソコン画面を見ながら悩んでいると、先程出勤してきた小坂さんが声をかけてくる。
山口「いや、やっぱり売り上げがちょっと厳しいな、と。」
小坂「あー。そうねぇ……。確かに、前に働いてたお店よりちょっと客足遠いかも。」
制服を羽織り、髪をしばりながら小坂さんが答える。
山口「正直、この店の立て直してこいって言われて来たけど、イマイチ客層が掴めてないっていうか…。」
小坂「………。山口君、今日1日カウンター立ってみたら?」
山口「ん?そしたら、発注滞っちゃうよ。」
小坂「発注なら、私やっておくよ。基本的な商品の売れ筋は分かってきたし。」
山口「あー。まぁ、確かに小坂さんにも出来るよね。」
小坂「いや、出来る自信はないけど、それよりも店長の山口君が実際にカウンターに立って1日考えてみるのも良いと思うよ。私も、発注終わったら立つから。」
山口「そっか、それも、そうだよな。」
去年赴任して以来、カウンターに立つのはヘルプで入る時くらいで、確かにしっかりと接客した記憶はあまりなかった。
本来であれば基本中の基本ではあるのだが、私は、それすらも忘れてしまっていたのである。
そういう意味では、基本を思い出させてくれるきっかけをくれた小坂さんには、また一つ借りが出来てしまった。
山口「いらっしゃいませー。」
私は早朝のバイトクルーと交代してカウンターに立った。
二時間くらいで発注を終えた小坂さんもカウンター内へと入ってきた。
小坂「店長発注終了しました。」
山口「ありがとうございます。」
小坂さんと一緒にカウンター内で接客をしていると、改めて彼女がいかに仕事をテキパキとこなしているな、ということを実感する。
小坂「いらっしゃいませー。あ、どうもこんにちは!」
常連のお客様が来た時は親しげに挨拶をして、レジを打ちながらも、そのお客様のいつも買う商品を把握しているようだった。
採用して2ヶ月で、既にうちの店の客層に溶けこんでいる彼女を見ながら、むしろ自分よりも、お店に必要な人材になっているかもしれないと思ってしまうくらいだ。
山口「小坂さん、凄いね。」
夕方のクルーが出勤してきて、交代し、バックヤードで制服を脱いでいた小坂さんに声をかけた。
制服を脱いでブラウス姿になった彼女を見ると、相変わらず、胸の膨らみがしっかりと分かる男をそそる体だ。
小坂「え?何が?」
山口「いや、随分とお客さんのこと把握してるなぁ、と。」
小坂「あー、それね。でも、毎日レジに立ってれば自然と覚えちゃうでしょ。」
結んだ髪をほどきながら、小坂さんはそう答えた。
山口「まぁ、そうなんだけど、まだ2ヶ月でそれが出来るんだから凄いなー、と。」
小坂「んー。どうなんだろ。おばさん能力のせいかな(笑)」
山口「なんだそれ(笑)まぁ、お互い確かに歳は重ねたけど、まだまだ世間じゃ老け込む年齢じゃないでしょ(笑)」
小坂「まぁねぇ。でも、おばさんになったのは確かだし。」
山口「うーん。やっぱり、母親になると強くなるのかな。」
小坂「あ、それはあるよー。やっぱり、高校時代とは違うから。」
山口「うん、まぁね。」
小坂「そいえば、中尾は最近忙しいの?」
山口「みたいだね。今日も帰り遅いみたいだし。」
小坂「そっか。山口君は、帰ったら家事?」
山口「まぁ、仕方ないよ。俺が忙しい時は向こうが家事やってくれる時もあるしね。」
小坂「偉いなぁ。うちの主人は家事は手伝ってくれないから。」
山口「まぁ、苦手な人っているからね。」
小坂「でも、中尾と結婚しないの?もう長いよね?」
山口「うーん。そうだねぇ。美起も、仕事が生き甲斐なとこあるから……」
小坂「そうかも(笑)まぁ、二人がそれでいいなら、私が口出すことじゃないけどね。結婚が全てじゃないし。」
山口「うん。まぁ、お互い事実婚みたいな感じで上手くやってるよ。」
小坂「それが一番だよ。じゃ、私そろそろ帰るね。」
山口「うん、今度美起とかと一緒に飲もうよ。」
小坂「そだね。時間ある時にね。じゃあ、また明後日ね。」
山口「はい。お疲れ様でした。」
小坂「お疲れ様でしたー!」
そう言いながら、小坂さんは店を後にする。
私は本部へ送る書類の作成のために、パソコン画面へと向かった。
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