山口「あ………いや。」
中尾「雪から聞いてはいたけど、結構重傷?」
中尾は私がバスタオル1枚の姿な状況なんて気にも止めない様子で聞いてきた。
山口「いや、骨折しただけで済んだから……」
中尾「いやいや、右手骨折して、そんなガチガチにギプスしてたら、生活大変じゃない。」
山口「………う、うん。美起は……どうして?」
内心、それどころじゃなかった。
今、この状況下で小坂さんがシャワーから出てきたら、間違いなく修羅場だ。
ただ、私は頭が真っ白でどうすればいいのか分からない。
恐らく、そろそろ小坂さんがシャワーを浴び終えて出てくるはずだ。
中尾「どうして、って。ちょっと、またここに戻ろうかな、って。」
山口「戻る?え?」
頭の整理が全く追いつかない。
中尾「ダメ?かな?」
山口「いや、ダメとかじゃない……けど。」
中尾「あ、てか、さっきまで、誰かシャワー浴びてなかった?」
山口「あ…………」
ガチャ
脱衣所の扉が開き、廊下に小坂さんの姿が現れた。
中尾「あぁ………なんだ。雪だったんだ。」
小坂「中尾………」
山口「いや、美起。山さんは俺の腕が使えないから、だから……」
中尾「ん?」
山口「だから、色々……助けてもらって。」
中尾「うん。分かってるよ、そんなの。それにさ。」
山口「それに?」
中尾「私達、もう、子供じゃないんだし。そんなに怒るようなことじゃないよ。いいじゃん、別に。私だって、ヒロに何も言わずに勝手に出ていったりしたんだし。」
山口「……美起。」
中尾「でも、雪、旦那さんは大丈夫なの?」
小坂「あ、うん。うちは大丈夫。」
中尾「じゃあ、良かった。あ、心配しないで?別に私は雪とヒロが、そういう関係になったことを雪の旦那さんに言うつもりは毛頭ないから。普通に大人の男女が二人で密室にいたら、セックスすることもあるだろうし。」
山口「…………。」
私は中尾に何も言い返せなかった。
小坂「中尾?何があったの?」
小坂さんは、怪訝そうな顔で中尾の顔を見た。
中尾「いや、特に何も。ただ、ヒロがケガしたこと聞いたから、ヒロが良ければ、そろそろ戻ろうかな、って。」
中尾はそう言うと私の顔を見た。
山口「あ、別に俺は反対する理由はない……けど。」
中尾「けど?」
山口「色々……聞きたいことはある……かな。」
中尾「それはちゃんと後で話す。」
小坂「じゃあ、私は一旦帰る……ね。」
そう言うと、小坂さんはリビングのテーブル脇に置いたバッグを手にする。
山口「あ、エントランスまで送る。」
小坂「お願いします。」
私は小坂さんの後に続いて、部屋を出る。
エレベーターのボタンを押して、到着するまでの間、小坂さんが口を開く。
小坂「中尾……ちょっと違う。」
山口「え?」
小坂「いや……中尾の様子がちょっと変、っていうか。今までの中尾と違うっていうか。」
山口「あぁ。そうなのかな。やっぱり。前からドライなところはあったけど。」
小坂「ううん。そうじゃなくて、ちょっと気になることもあるから。」
やがて、エレベーターが到着する。
小坂「あ、ここまでで大丈夫。また連絡するね。」
山口「分かった。俺も連絡するよ。」
そう言って、小坂さんはエレベーターに乗り込む。
彼女の顔は何かを深く考え込んでいるようだった。
エレベーターの扉が閉じて、下に降りていくのを見届けると、私は自分の部屋へと戻っていった。
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